洋書読むようになって3冊目にして、最高にスリリングで楽しめる推理小説に出会った。

オーストラリア人の女性作家Jane Harperのデビュー作「The Dry」。

ストーリーは、オーストラリア・メルボルンから少し離れた田舎町、そこは100年に一度の干ばつで連日強い日差しが照り付ける。そんな田舎町で、子供一人を含む一家3人が死亡するという事件が発生。死亡した男性ルーク(Luke)の幼なじみで、少年時代に起きた「ある事件」を境に追われるようにその町を出た連邦警察の調査官・フォーク(Falk)が葬儀参列の為にその町に戻ると、その事件の調査に関わることになる。すると、次第にその田舎町に秘められた事実が浮き彫りになってくる。。というもの。

読んでいると、干ばつでカラカラに乾いた大地が目に浮かんできて、一章ごとに緊張感が増し、肌がヒリヒリするような感覚がするストーリー展開である。

正直、洋書を読み始めて3冊目の本で、当然分からない英単語も頻繁に出てきて、それを(英語の先生のアドバイスに従い)辞書を調べることなく読み進めていったので、完全に意味が取れているわけではない。
それなのに、とてもハラハラしながらどんどん先が読みたくなるくらい楽しめた。

英語の先生に、素朴な質問をぶつけてみた。

『意味の分からない英単語が沢山あるのに、どうして楽しく読めるのでしょうか?』

先生は次のように即答。

『それは、本当に面白い本は、プロットが引っ張っていくからよ。』

確かに、そうかもしれない。
ひとつひとつの意味が分からないのに、なぜか「The Dry」は一章ごとにハラハラした。
いつもは一章ごと読んでいくのに、最後の方は数章止まれずに2~3時間ぶっ通しで読み続けた。
それだけプロット(小説の筋・ストーリー展開)が面白かったということだろう。

だからこそ、洋書なら何でもいいわけではなく、英語の文法が正しく書かれていて、プロットが面白い洋書を読むことが大事なのだという。そういう良書に出会う機会を与えてくれる先生には、ホントに感謝である。

最後に、この「The Dry」を読み終えたときに頭に浮かんだことは、日本語の面白い本を読み終えたときによく浮かぶことと同じだった。

『この話、映画化して欲しい!!』


e0365677_20180807.jpg


# by lateblooming | 2019-02-17 09:43 | シドニーで新たな学び | Comments(0)

私は、どちらかと言えば「ポジティブ」な方だと思う。
いや、正直に言えば、『ポジティブ最強!』くらいに思っている。
娘は、そんな私のことを、”ハッピー・ゴー・ラッキー(Happy-Go-Lucky)”と呼ぶ。「のんきな・能天気な」という意味だけあって、英語でもなんとも気の抜けた響きで、まったくもって心外である。

当たり前であるが、私だって、年がら年中ポジティブな気分でいるわけではないし、いっこうにポジティブな気持ちにならない時がある。
特に毎週英語のレッスン前にやらなければいけない宿題が山盛りで、レッスン日の土曜日が近づいてもなかなかポジティブに取り組む気持ちが起こらず、金曜日を迎えてしまうのが大体いつものパターンだ。

そんな時に、ふと目にした記事が、私の考え方を見事に変えた。
それは、ハイディ・グラント・ハルバーソン(Heidi Grant Halvorson)の「予防焦点」を持って、先延ばしにしていることに取り組むという考え方だった。
簡単に説明すると、それは「すでに手に入れたものを失わないようにすること(=予防)」を考えて行動すること。
言い換えれば、予防焦点を持って行動するとは、「何かをやらなかった時に起こる悲惨な結末」を避けるために行動するということ。
そういった、どちらかといえば、”後ろ向き”とも言えるような考え方が効果的だというものだった。

私には、それは、”ネガティブだっていいんだよ!”というメッセージに聞こえた。

つまり、こうだ。厳しい英語の先生のレッスン前に、宿題をちゃんとやっていかなかった時に起こる悲惨な結末とは、「レッスンをクビになる(辞めさせられる)」ことだ。
これは何としても避けたいことであり、その悲惨な結末を避けるために、毎週金曜日はほぼ徹夜をして宿題をやってからレッスンに通い続けた。
実際、そういったことを2年弱の間続けることができたということからも効果はあったと言えるだろう。

同じように考えると、英語や何かの勉強を、次のようなネガティブな結果を避けるためにはじめるというのでも、全然構わないんだということにもなる。例えば、、

〇入ったばかりの会社で英語の試験TOEICで600点取らないと、同期のみんなから置いてきぼりになってしまう。これは避けたい。
〇社内で海外に関わる仕事が増えてきているから、英語が話せないと仕事が回ってこなくなりそう。最悪は窓際族になってしまうかも。これはなんとか避けたい。
〇転職したくなったときに、履歴書にTOEICの点数が書けないといい仕事も見つからないだろう。このままでは先が不安だ。
〇今度入ってきた部下は仕事はできないが英語は喋れるから、英語ができないとナメられるかも。上司としての威厳は失いたくない。
〇『英語はしっかり頑張らなきゃダメ。』と諭している子供から、『そういうお母さん(お父さん)こそ、英語全然ダメじゃん!』と言われたら反論できないかも。口だけの親と思われたくない。
などなど。

こういった、ややネガティブな考えからでも、勉強を始めるきっかけになるのであれば、何もしないよりは何倍も、いや100倍もいいと思う。

そのようなわけで、最後に一言。

ネガティブは、恥ではなくて、役に立つ。

略して、”ネガ恥”!(パクリ気味)



# by lateblooming | 2019-02-16 00:25 | シドニーで新たな学び | Comments(0)

昨年末から数ヶ月間、人生における変化の局面で、奮闘が続いていた。
その局面は、大海で嵐による荒波の中、着岸すべき陸地を探し求めて航海しているような状況だった。
そして、ようやく辿り着いた場所、そこは、エキゾチック・ジャパン!

そう、2度目のシドニー生活を終えて、再び日本へ帰還!!

気温30~35度の真夏のシドニーから、早朝気温1度前後の冬の東京へ。
気温30度差で、初めて「寒さが目に染みる」という感覚を経験。


そのようなわけで、日本で、新たなステージでのチャレンジを開始します!

ただ、ブログでは、もうしばらくシドニーでの話が続きます。

# by lateblooming | 2019-02-09 23:02 | 日本で新たなチャレンジ | Comments(0)

英語での「スモールトーク(Small Talk: 雑談・世間話)」、これがまた一筋縄ではいかない。
「職場での仕事英語」よりも「会食での雑談英語」の方が、むしろ精神的なハードルは高いとさえ感じる。
実際に、海外で開催される大きな展示会後に、顧客を招いたパーティーなどに参加した際には、仕事の時とはまた違った疲れで、終わった後はぐったりということはよくある。

仕事英語と比較したスモールトークの手ごわさを自分なりに考えてみると、それは、

「スポーツの試合」と「ゲリラ戦」のような違いと言える。

仕事での英語は、整備されたフィールドで、ある程度決まったルールや型の中で行われるスポーツの試合のような感じ。
そこで使う英語は、定型的な言い回しや回数を重ねることで、徐々に慣れてくる。

一方で、雑談の英語は、道なき森林の中、どこから出現するか分からない敵に常に緊張感を強いられているような感じ。
そこで使う英語は、ほぼルール無用。どんな話題になるかも全く予想不能。話し方もよりカジュアルで仕事以上にナチュラルスピード。更には、パーティー会場やレストランでは、周りの音楽や雑音で、聞き取りにくさは倍増どころか数倍にも跳ね上がる。
精神的に疲れるのも、もっともな気がする。

この手ごわいスモールトークに対して、これまでは、『出来るだけ自分の得意な話題に持ち込む』という方法で乗り切ってきたが、自分の英語力をもっと高める為にも、少し自分の考え方を方を変えてみようと思った。

『もっとスモールトークを楽しんでみよう!』と。

その為に、以下のようなことを心がけるようにした。

1.敢えて仕事の話をしない
これまでは、職場でローカルスタッフと顔を合わせた時には、極力無駄話を避け、仕事の話ばかりしていたが、敢えて、仕事の話はしないで雑談をすることにした。

2.話すことよりも聞くことを心がける
一方的に話すことをやめ、出来るだけこちらから質問して話を振り、話を聞くことの方に注力するようにした。

3.聞きたいトピックスは事前にイメージしておく
出来るだけ聞き手に回るとはいえ、あまりに”丸腰”ではキツイので、事前にある程度、相手の興味に合い、それでいて自分も興味があるトピックスを考えておくようにした。
『あなたの好きな母国料理は何ですか?』『最近上映された映画○○○は観た?』『お子さんは何の仕事をしてるの?』などなど。

こういった心がけでスモールトークを続けてみると、これが思っていた以上に楽しめることが分かった。特に、自分の知らない話が聞けることで、世界が広がる気がする事が私が好きなところだ。

更に、あまり期待していなかったが、同じローカルスタッフとスモールトークを何回か続けると、距離感が縮まって、話しにくい仕事の話も以前よりスムーズにできるようになるではないか!思わぬ”副産物”。

そう考えると、スモールトークをすることで、①英語の上達につながり、②知らないことを知り世界が広がり、ついでに③仕事もスムーズに進む。

これは、もー止められません。

これからも、出来るだけスモールトークを楽しんでいこう!!



# by lateblooming | 2019-02-02 19:01 | シドニーで新たな学び | Comments(0)

人生で初めて洋書を一冊読み終えた後に、英語の先生から薦められた本は、イギリスの推理作家ルース・レンデル(Ruth Rendell)の「短編集」であった。
短編集のタイトルは、「A Spot of Folly」。

正直言うと、一冊目の推理小説「Holding」(Graham Norton著)を予想以上に楽しく読めたことでちょっと気が大きくなり、『短編だから当然ストーリーが短いわけだし、今回の方が読むのがラクなんじゃない?』と調子に乗って読みはじめた。
しかし、読みはじめてすぐに、自分の思い上がりが全く間違っていたことを痛感することになった。

『短編を甘く見てはいけない。。』

そう感じた主な理由は、主に以下の2つ。

まず、短編は内容がつかめないまま終わってしまうことがある。
一冊200~300ページでひとつのストリーが展開される場合は、最初の方で状況がうまく掴めなくても、読み進めていくことにより情報が徐々に追加されるので、ストーリーの内容は把握しやすい。
一方で、この本のように、1冊に短編が約10本入っているような場合、短編1本当たり20~50ページくらい。そうなると、なんと、状況が掴める前にストーリーが終わってしまうことがあるのだ!簡単に言えば、「起承転結」の”結”だけしか分からない感じ。これは痛い。

そして、やはり「本物の作家」は使う語彙が難しくて豊富ということ。
一冊目は、有名インタビューアー(であるグラハム・ノートン)が初めて書いた作品だったこともあり、比較的平易な文章であった為、内容も掴みやすかったが、今回は、本格的なイギリスの女性作家であり、分からない英単語も多く文章も難しかった。

そのようなワケで、正直に言って、短編約10本中の3本くらいは、最後まで状況が分からないまま終わってしまった(涙)

ただ、それでも!”アガサクリスティの後継者”と呼ばれたりもするらしいイギリスの「ミステリーの女王」である彼女のストーリーは、さすがに重厚で面白い。
もっと、英語力がついたら、ぜひまた彼女の作品にチャレンジしてみたいと思った。

最後に、そんなルース・レンデルの世界観が伝わるのではと思う、私が一番衝撃を受けた、今回の短編集の一番最初に収められていた”超短編”を、下記に原文の英語をそのまま紹介する。
たった3センテンス(文)で、その情景が目に浮かび、そして”ゾクッ”とくるから凄い。
しつこいようだが、これは「抜粋」ではなく、これで一つの「完結した短編」である。
では、どうぞ。

(「A Spot of Folly」(by Ruth Rendell)より)
Never Sleep in a Bed Facing a Mirror
"Alone in the four-poster, she glanced up from her book and saw in the mirror a little old woman sitting beside her. She shut her eyes, looked again, saw an empty bed, neatly made with fresh linen. The hotel staff summoned by her screams, found no one, not even herself."

e0365677_22195313.jpg



# by lateblooming | 2019-01-24 22:21 | シドニーで新たな学び | Comments(0)

誰しもが「伸び悩み」という状態に直面したことが少なからずあると思う。そうなると、なかなかモチベーションが上がらない。
そんなときは、意外と自分の「弱点」に向き合うことで、成長が実感できて、また前に進む気持ちになれる。

私が思うところ、伸び悩みというのは、比較的好きなことをある程度続けていている時に感じるものなので、簡単に表現すると上達してたどり着いた10のレベルをそこから11に変えようという状態。これは結構タイヘンだ。
それに対して、ここでいう弱点とは、’特に苦手なもの’、’上達する気がしないこと’、’やらなければと思いながら長年手つかずでいたこと’などのこと。
すなわち現状は、”ほぼゼロ”なので、ちょっとでも何かをすれば0は1になるので、成長が実感しやすいという考え方だ。

私にとって、「英語の発音」は弱点のひとつだ。

英語の発音については、おそらく多くの日本人は同じだと思うが、それまで発音記号について的確に学び、正しい発音を身につける勉強を全然してこなかった。
そして、仕事で英語を使うようになってからは、現場で”習うより慣れろ”式でなんとかこれまでやってきたが、基礎が出来ていないので、これ以上の上達は困難とひしひしと感じるようになっていた。

このように長年「問題意識」は持っていたので、今回シドニーで英語のプライベートレッスンをお願いするときに、一番最初に『ぜひ、発音も教えて下さい。』と先生にハッキリ伝えていた。

しかし、英語のレッスンに毎週通って1年経ったにもかかわらず、先生は、一向に先生が発音を教えてくれないのだ。
何度か訊いてみても、先生からは『もう少し後で』の返答だけだった。
そして、1年と少し経った頃に、ようやく発音(発音記号)を基礎から教えてもらえるとになった。
そこではじめて、先生から、発音の勉強を開始していなかった理由について、衝撃の一言。

『あなたの発音が思ったよりヒドかったから(正しい発音をしようとして英語が全く口から出てこなくなってしまうのを心配していた)』とのことだった。

まさに、”どんなけ~”(IKKOさん風)という感じだ。
まあ、そんだけ~のレベルだということなのだろう。

それでもついに、英語の発音について(母音には長母音、短母音、二重母音があること。子音には、破裂音、鼻音、側音、まさつ音、破擦音などがあることを)一つ一つ丁寧に教えてもらう機会を得て、ついに発音の基本を全部学ぶことができた!

その結果、これまでだったら知らない英単語を辞書で調べるときには、日本語の意味だけ見て、発音記号など見ずに”ローマ字風になんとなく読んでいたのが、今では、発音記号にも目がいくようになり、見たことのない英単語も、『あー、こういう発音なんだ。』と分かるようになった。

今までできなかったことが少しだけできるようになる。成長が実感できる瞬間だ。

もちろん、発音記号を学んだだけで、急に発音が良くなるわけではなく、むしろ私の場合は、これまでの長い年月で、”間違った音”で覚えてしまった多くの英単語を、少しづつ「正しい音に上書き」していかなければならない。
決して楽な道のりではないが、一歩ずつ進んでいこう。



# by lateblooming | 2019-01-13 16:37 | シドニーで新たな学び | Comments(0)

人生において、生活環境や仕事が大きく変わり、それによって、それまでの自分の考え方や進む方向も大きく変わったりする、「ターニングポイント」がある。

そういったターニングポイントは、誰にでもあって、人生の中で周期的にあるという。
実際に、自分自身のこれまでを振り返ってみたら、私の場合は約8年周期で、そういった大きな変化が起こっていたと気づく。

そして、私にとってここ1,2ヶ月間は、おそらくそのターニングポイントの「入り口」に当たる時期だった。
実際には、今現在もまだ、そのターニングポイントは迎えていないこともあり、目下、大奮闘中!
出来るだけ、いつもの生活の生活パターンを維持したいとは思ってはいたものの、やはり、そういった時に集中すべき重要事項が幾つかあるため、現在はそれらのことに最大限注力しているところ。

そのような状況が続いているため、書きたい話は沢山あるこのブログの更新が止まってしまっている次第であります。
この先、「いい方向に進むターニングポイント」に出来た暁には、またココでも紹介できるかもしれません。


最後に、今日は大晦日!
ということで、今年2018年に、自分が一番「成長した」と思うこと、それは、

「洋書の読書」が習慣になりつつあること。

私にとって、この、「(英語で書かれた)洋書を読むという時間」が自分の生活の中に入ってきたということは、これからの人生がとても豊かなものになりそうだと本当にワクワクしているところ。
(すでに出会ったステキな本の紹介も、ここでしていきたいと思っています。)

それでは、皆さん、良い新年をお迎え下さい。
ではまた、2019年に!



# by lateblooming | 2018-12-31 16:57 | シドニーで新たな学び | Comments(0)

世の中、”何も足さない”でうまいこといくのは、きっと「何も足さない 何も引かない」のウィスキー山崎くらいだ。
やっぱり、大抵のことは何かを足していかないとダメだろう。
英語だって、上達したいと思ったら、英語の知識や経験を足していく(=覚えていく/身に付けていく)のが大事なのは言うまでもない。

私の場合、英語の勉強については、これにつけ加えて”何も引かない”という意識も持つようにしようと考えるようになった。

ここで言う”何も引かない”とは、英語の勉強において、『何かを諦める』とか『何か捨てる』ということをしないという意味。
そして、これまで諦めたり、捨ててしまうのは大体決まって「苦手だと思っていること」か「やる気が起きないこと」または「どうやっていいか分からないこと」だ。

かくいう私も、英語を身に付けようとする過程で、ずっと特に以下の点については、やや諦め気味で捨ててきてしまっていた部分だ。その理由(言い訳)と併せて。

1.発音
これは、ワタシの場合、中学校で英語の授業がはじまった当初に、苦し紛れに教科書の英文の上に全部カタカナをふって読んでいたところから出発しているので、かなり問題の根が深い。
その後も、まともに「発音記号」の読み方を教わったことがないのを理由に、『発音なんて悪くたっていいんだよ。伝われば!』と、ほぼ発音の改善を投げてしまった。
シンガポールの生活では、発音が悪くても、なんだかんだ通じてしまったことが、さらに傷を深めた。
そして、「ちゃんと発音しないと伝わらない。」という、考えてみれば当たり前のことをようやく身を持って知ることになったのはシドニーに来てからだった。
(皆さんは、学校で発音って教わりました?!ちゃんと発音を教わった人って、相当少ないと思うんだよな~)

2.リスニング
リスニングは、英語の試験のパート(グラマー、リーディング、リスニング)の中でも一番ニガテ意識の強いパート。
これも「発音」と一緒で、英語の”音の勉強”をしっかりやってこなかったので、上達しないのは当然と言えば当然だ。
ニガテ意識持ってしまうというのは問題で、そういう意識があると、改善しようとする意欲も薄れてしまう。
『とりあえず、他の部分でカバーしよう!』と、”とりあえず”がずーっと長いこと続いてしまった。

3.スモールトーク(雑談)
スモールトーク、これがまた難題だ。
これは、そもそもハードルが高い。人と会話するわけだから、発音、リスニング、スピーキング、それに文法力、更に背景知識の全てが投入される。
こうなると、英語のスモールトークは、いわば”英語の総合格闘技”と言っても過言ではない。
だから、そういう場面になると、つい自分の得意な分野に無理矢理持ち込んでしまう方法で場をしのいできたが、これこそ場数を踏まないと上達しないのは明らかだ。


誰だって、苦手なコトはあるし、それを克服するのは大変だ。
特に英語の場合、巷には、”英語は〇○だけで、大丈夫!!”というような、コトバやアドバイスに溢れている。

聴くだけで大丈夫。読むだけで大丈夫。このフレーズだけで大丈夫。勇気があれば大丈夫。。
どれも、とっても魅惑的だ。
実際に、ある特定の目的や用途に絞って達成するには”○○だけ”でも、効果はあると思うので完全に否定するつもりはない。
なにしろ、ワタシだって、そういうモノにひかれて使った経験があるから。

それでも、自分としては、英語をもっと色々な場面でもっとうまく使えるようになりたいので、これらとは反対の方向性で、「全方位で出来るだけバランスよく」を大切にして英語の勉強に取り組んでいこうと思っている。
つまり、私が目指していく英語の身につけ方は、

”何も引かない、ただ足していくだけ。”

と言える。

こういう意識の持ち方で、今後どうなっていくか、結果や取り組み状況などを、このブログでお知らせできたらと思う。



# by lateblooming | 2018-11-25 13:30 | シドニーで新たな学び | Comments(0)

リスニング力が不足している私に、先生から観ることを薦められたのが、トークショー番組の「グラハム・ノートン・ショー(The Graham Norton Show)」だった。

そう、この方は、私が人生で初めて最後まで読みきった洋書「Holding」の著者であり、先生からは、”世界で最も優れたインタビューアー”の一人だと聞かされていた人物だ。

トークショーの司会として素晴らしい方々はもちろん沢山いる。
個人的にすぐに頭に浮かぶのは、「The Ellen Show」のエレン・デジェネレス、日本では、「サワコの朝」の阿川佐和子さん、そしてなんと言っても「徹子の部屋」の黒柳徹子さんだ。

実際、「グラハム・ノートン・ショー」をテレビで観てみて、まず、トークショーとして何が決定的に違うかというと、このトークショーでは、ゲストが毎回3人とか4人同時に出てくるのだ(上記の方々のトークショーは基本的に司会とゲストの1対1)。そしてスゴイのが、そのゲストの豪華さ!毎回、世界の映画俳優をはじめ、その他の分野でも成功している著名人ばかりが登場してくるのだ。『このヒトこういうところに出てきて話すんだ!?』と驚くことしばしば。
そして、こういった世界的なスターたち(当然キャラも強い)3~4人の話を巧くさばく手腕こそが、”世界トップのインタビューアー”と言わしめる理由であると理解出来る。
ホントにスゴイ人たちばかり出演するので、何故なのだろうか?と疑問に思って先生に訊いてみたら、先生曰く、

『このトークショーに出られることがステイタス。だから、むしろ、みんな出たがる。』

とのこと。妙に納得してしまった。
いずれにしても、そういったトークショーなのである。

興味のある方は、ちょうど私が観た幾つかの回が短くまとめられているダイジェスト版(YouTubeより)を下記に添付したので、ぜひ観てみて下さい。

でも、ちょっとその前に。
正直に白状します。
私は、何回かこのトークショーを観ているけれど、その度に、

『話してること、ぜっんぜん分かんねー!!』

と叫びながら観ています。結構、苦痛です(涙)
なかなか会場の人たちと一緒に笑えません。
(もし、全部一緒のタイミングで笑える方がいたら、本当にスバラシイ。)

で、そんなワタシが、このトークショーをどうやって楽しんでいるかというと。

楽しみポイント・その1
ゲストとして出てくる著名人は、その時期に注目すべき人たちなので、世界的に話題になっている(流行っている)映画やトピックスが何かを知ることができる。

楽しみポイント・その2
トークだけでなく、毎回必ず「歌」のパフォーマンスゲストも別にいて、またこのアーティストもスゴイので、エンターテインメントシーンの「今」が押さえられる。このパートが一番好き。

という楽しみ方をしている。

”英語と関係ないじゃん!”と、マジメな方から突っ込みが入りそうだけど、私はそれでもいいと思っている。

「楽しみながら英語に触れる機会を増やす」というのが、一番大事だと思っているから。

とは言え、英語のリスニング力向上の為に、先生から観る上でのアドバイスももらっているので、少しはテーマを持ってもいる。
以下は参考まで。

1.字幕は出さない
テレビでは英語の字幕が下に出せる機能があり、それを読んでいた方がまだ理解ができるので、強い誘惑かられるが、必死で我慢して出さないで観るようにしている。これは、”字幕を目で追うと、リスニング力は鍛えられない。”とのアドバイスから。

2.同じインタビュー番組を観る
何度も観ていると、少なくとも、毎回同じ人物、つまり司会者のグラハム・ノートンが話す英語には不思議と慣れてくるので、彼のコメントは結構聞き取れるようになってくる。まずはそこを突破口にしようと思っている。
だから、「エレンショー」の方が好きな人は、それでも全く同じアプローチができるということ。

3.色々なタイプの英語が聞ける
ゲストで出てくる人たちは、ほんとに様々で、話し方も、そして発音だって色々。
そうなると聞き取りはかなり大変だけど、だからこそ、そういった色々なタイプの英語に触れる機会にもなる。その中から、”自分が勉強した単語やフレーズを拾いなさい”と言われている。

そして、これらに加えて、いまに、このトークショーのゲスト席に座っても大丈夫なくらいの「英語力」と、そのようなゲストの人たちとコミュニケーションが取れるくらいの「人間力」を持てるようになりたいと、憧れを抱きながら観ている。


<グラハム・ノートン・ショー(ダイジェスト):8分42秒 YouTubeより>

※ちなみに、このトークショーの通常版は、番組オリジナルサイトやYouTubeでも視聴できるので、日本にいても楽しめます。



# by lateblooming | 2018-11-11 12:00 | シドニーで新たな学び | Comments(0)

洋書の読書はマラソンに似ている。
途中で苦しくて歩いたり立ち止まったりしたとしても、ゴールを目指してただ前へ進むのみだ。

経験者やコーチのアドバイスも助けになる。
洋書を読むにあたって、英語の先生から得たアドバイスは、

”意味が分からないところがあっても、そのまま読み進めていきなさい”

というものだった。今はまだ「読む習慣」をつける方が大事だから、意味の分からない単語などがあっても、辞書で調べたりしないで読んでいけばいいということだ。
これは、私にとっては、非常にシンプルで自分に合ったアドバイスだった。
分からない単語を調べながら読んでいたら、一生読み終わらないような気がしていたので、『辞書を使いながら読まなくていいんだ!』と、ひとつ気が楽になった。
一方で、意味が分からないまま読み進めていくというのは、一体どんな感じなのだろうかという不安もあったが、私はこの「前進あるのみ」という読み方にかけてみることに決めた。

チャレンジした洋書は、先生曰く”世界最も優れたインタビューアー”の一人だというイギリスで活躍するグラハム・ノートン(Graham Norton)氏が初めて書いたというミステリー「Holding」。
本業が作家ではない人が書いたということもあり、比較的読みやすいでしょうということだった。

ちなみに、本のストーリーは、アイルランドの田舎町である日人骨が発見されたことをきっかけに、静かな田舎町の暗い過去が少しづつ明らかになっていくというもの。
主要登場人物として、決して切れ者タイプではないオーバーウェイト気味のコリンズ巡査部長、美人三姉妹のひとりエブリン、魅力的だが少しアルコール依存気味の小さな2人の子供の母親ブリッドを軸に、その発見された骨はかつてその2人の女性が共に愛し現在はその街を去り消息不明となっているトミーという男性のものではないかという疑いが絡み話が展開していく。

推理小説好きにはワクワクするストーリー展開ではあるが、なにせ総ページ数約320ページの洋書を読むのは、やはり結構大変だ。
何が一番大変かというと、何より「洋書読書の習慣がない」ということ。つまり、自分の生活のどの部分に洋書を読むという時間を当て込むかというのがなかなか難しい。

寝る前に読もうと夜ベッドに入って読み始めると、ほんの数ページ読んだだけで眠くなり終了。洋書は”睡眠導入剤”としては完ぺきな働きをすることを知る。
そして眠い頭で読むから内容もあまり頭に入らず、毎回同じところから読み始めて同じところで寝てしまうというドリフみたいなことを何日もやっていると、さすがに自分でも『だめだこりゃ』となる。
そして、やはり読んでいて英語の意味が分からないところは沢山出てくる。そうなると、やっぱり読む気が失せてくる。そして、何日も本に手が伸びない日が続いたりすることもしょっちょうだった。

それでも、今回は、この洋書を読み終えることをどうしても諦めたくなかった。

だから、とにかく、たとえ時間がかかったとしても、読む間が空いたとしても、とにかく少しづつ読み進めていった。
心のテーマソングは、全国高校サッカーの歌「ふり向くな君は美しい」(by ザ・バーズ)だ。
”うつ向くなよ~♪ ふり向くなよ~♬”と。

救いになるのは、特に良質な推理小説の場合、終盤になってくると話の展開が加速していくこと。
そうすると、マラソンの「ランナーズハイ」ならぬ、読書の”リーダーズハイ”(造語)がやってきた。
そして最後は、一度に40~50ページを一気に読み進めて、ついに、ついにゴール!!人生初の洋書を1冊読み切ることができた。

正直に言ってしまうと、読み始めてから読み終わるまでに約3ヶ月もかかった。
それでも、その「達成感」は非常に大きなものだった。そして、それは以前にどこかで感じたことのあるような気持ちだった。
そう、それは何年か前にフルマラソン(42.195km)を初めてヘロヘロになりながらも走り切ったときの達成感と似ていた。
あの時もシドニーだった。

場所は同じシドニーだけど、フルマラソンの時は、日本から来てくれた友人2人と一緒に走り、オペラハウスの前でゴール。
今回の洋書読書は、独りで読み進め、家の中で”ゴール”。
と全く異なるが、それでも、洋書を読み切った「達成感」と「感動」は、フルマラソンに勝るとも劣らないものであった。

初めて洋書を1冊読み終えてしばらく時間が経つと、やはり、その達成感も感動も薄れていった。
それでも、その次に湧いてきた洋書の読書に対する感情は、やっぱりマラソンと同じだった。

”また走ってみたい(読んでみたい)”と。


e0365677_12560781.jpg



# by lateblooming | 2018-10-28 13:09 | シドニーで新たな学び | Comments(0)

シドニーで英語のレッスンを受け始めてからしばらくして、先生から、『そろそろ本を読むようにしないとダメね』と言われた。
本とは英語で書かれた洋書のことだ。

実は、この洋書を読むことについては、自分の中でちょっとした”トラウマ”になっていた苦い経験があった。
”ハリポタ挫折事件”だ。
約15年も前になるが、シンガポールに住んでいた頃、その思っていた以上にストレスフリーなアジアの英語環境に気をよくして、『洋書を読んでみよう』という気になり、シンガポールの紀伊国屋書店で「ハリーポッター」の洋書を購入した。
ちょうど、ハリポタの初期のブームの頃だったろうか、世界中の子供たちも楽しんでいる話だから、最初にチャレンジする洋書としては”手頃”ではないかと。
これが大きな間違いだった。読み始めてみて、思いの外読むのに難しいことに気づいた。とにかく、全然ページが先に進まなかった。そして、3分の1も読まないところで、手に負えずに読むのを諦めてしまった。
これは自分の中では、結構ショックだった。
そして、その後ずっと、洋書の本を読むことはなかった。

恐る恐る、その事を先生に話した。するとすぐに予想外のコトバが返ってきた。

『それはダメよ。選んだ本がよくない。』

もちろん、ハリポタ自体の良し悪しを言っているのではない。つまり、英語の力が十分にない初心者にとって、ファンタジー系の本は適さないということだった。ただでさえ、英語から情景を想像するのに手こずるのに、ファンタジーだと余計に想像が難しいからだということだ。”それに呪文とかも出てくるんでしょ?”と。確かに沢山出てくる!
最初はもっと読んでいて情景が思い描きやすい内容のものを選んだ方がいいというのがアドバイスの主旨であると理解した。

子供が読める洋書を読めなかった自分の英語力に呆れられるかと思っていたが、先生から当たり前のように”それは難しいにきまっている”と言われたことで、長年心の重しになっていたものが一気に取れて、気分が軽くなった。
そして、先生に言った。

『洋書、読んでみたいです。』

すると、次に、これまでどんな本を読んできたのかと訊かれた。
そう訊かれて、改めて、自分が読んできた本について振り返って考えてみた。
そして、それはまあ偏っていることに気づいた。
近年は、もっぱら「ビジネス書」のコーナーに並ぶような本ばかりを購入したり図書館で借りて読んでいた。
そして、それ以前はほぼ「推理小説」系ばかりだった。

ワタシの推理小説の遍歴はだいたい次のような感じ。

小学生時代:江戸川乱歩の児童向け「少年探偵団」「怪人二十面相」シリーズ。そう、明智小五郎探偵だ。地元三島市の図書館にあるものはほとんど借り切ったくらい好きだった。
高校生時代:横溝正史の金田一耕助シリーズ。児童向けから、ちょっと”おどろおどろしい”雰囲気が刺激的だった。
大学生時代:アガサ・クリスティの名探偵ポワロシリーズ。外国の推理小説も面白いと知りワクワクした。
社会人時代:東野圭吾の加賀恭一郎刑事シリーズ。このシリーズは久々にハマって、読めるだけ読んだ。

こんな、ビジネス書と推理小説ばかり読んできた私に、

『まずは、これを読んでみなさい。』

と、先生から差し出された本は、

「Holding」というタイトルのMystery Story(推理小説)系の洋書だった。

こうして、約15年の時を経て、再び「洋書の読書」にチャレンジすることになった。


# by lateblooming | 2018-10-21 11:56 | シドニーで新たな学び | Comments(0)

男は35億、英単語は10万

地球上の男の数は35億人らしい。(データソース:ブルゾンちえみさん)
それでは、唐突だけれど英語の単語数はどれくらいだろうか?!
正直、正確な数字は知らない。(言い出しておいてスイマセン)
それでも、少なくとも、自分が頼りにしている「英語の辞書」に掲載されている語彙数は、ある意味、自分のまわりに存在する英単語数のMAXレベルと言えるだろう。
そんなワケで、早速、私の手元にある英語辞書(新英和中辞典:研究社発行)によると、その語彙数(掲載数)は、

約10万語!

ここで比べてみよう。
男  :3,500,000,000
英単語:   100,000

こう見ると、なんだか無限にあるように思えた英語は、”たったの10万語”に思えてくるではないか!?
男(または女性)35億人全員と会うのはとても叶いそうにないが、英単語10万語くらいは全部に”出会う”ことが出来るのではないかと思えてくる。
実際、ワタシの場合は結構単純なので、この数字を見たときには、ポジティブな思い込みで『なんか、これならイケるかも』とかいう気になってしまった。

とはいえ、多くのクールな方々は、『10万語って、十分多いよ。』と思っていることはよく分かっています。
そんな人たちの為に、もう一段階用意しました!

英和辞書には「重要語」というものが各英単語の前に明確に表示されている。私が持つ辞書の場合、その数は、

最重要基本語:約2,000語(星2つ/**)
それに続く基本語:約5,000語(星1つ/*)
その次に続くもの:約8,000語(プラスマーク1つ/+)

これらを全部合わせても15,000語!!

これでもう一度見てみよう。もってけ泥棒!!

男    :3,500,000,000
重要英単語:    15,000

たったの1万5千。
その中で一番重要なのは”ほんの”2千だけ。
これは、さすがにちょっとヤル気になりません?!(もうこれ以上は鼻血も出ません)

ということで、言いたかったことは3つ。

1.英語は無限ではない(当たり前だが改めて)
2.英和辞書には、重要語の印が付いている(単語を調べるのがちょっと楽しみになる)
3.時にはポジティブな思い込みで自分をモチベートしてみる(私の場合はただの”能天気”にならないように注意)

ヒトも英語も新しい出会いを大切に!


e0365677_22073222.jpg







# by lateblooming | 2018-10-20 22:12 | シドニーで新たな学び | Comments(0)

英語のレッスンでは英語の文法を基本から少しづつ学ぶ。
その最初に登場したのは「英語の基本文型」。
そう、SとかVとかOとかCが出てくるやつだ。確かに、学校の英語でも最初の方に出てきたことは覚えている。

英語の文法というと、ワタシのイメージ的には、まず文型からはじまって、その後、不定詞、動名詞が出てきて、関係代名詞が出てくるとアタマに暗雲が広がり、現在完了で日本人には馴染みのない感覚に苦戦し、仮定法で、仮定法現在・過去・過去完了がごっちゃになって、文法に苦手意識を持ってしまうパターンだ。

ただ、今回あらためて英語の文型を学ぶことになって、自分の考えを改めなくてはならなかったのは、

「文型」の重要性は別格なんだ!

ということ。
自分の中では、覚える必要のある英文法の中の”一部分”というような感覚であったが、これは根本的な間違い。

ここで、ホントに触りだけだが「英語の基本文型」とは以下の5種類。

<基本文型>
S:主語、V:動詞、C:補語、O:目的語、IO:間接目的語、DO:直接目的語、OC:目的格補語

第1文型:S+V (例:I live in Sydney.「私は住んでます(S+V)」だけで意味が完全になる。場所がシドニーでも東京でも。)

第2文型:S+V+C (例:You look pretty in that pink dress. 「君はかわいいね(S+V+C)」で意味は完全になる。ピンクのドレスだからたまたまかわいく見えるのかどうかはとりあえず気にしない。)

第3文型:S+V+O (例:I study English every day. 「私は英語を勉強します(S+V+O)」で意味は完全。”毎日”は言いすぎたけどここでは影響しない。)

第4文型:S+V+IO+DO (例:She gave me a box of chocolates on Valentine's Day. 「彼女が私にチョコレート1箱くれました(S+V+IO+DO)」で意味は完全なる。バレンタインデーにくれたからといって本命かどうかは分からないので、恋の行方は完全ではないが、ここでは考えない。)

第5文型:S+V+O+OC (例:They named that Panda Xiang Xiang.「彼らはそのパンダをシャンシャンと名づけた(S+V+O+OC)」パンダに名づけたというところまででは意味が完全にならないので、名前まで入れて文型的にはようやく”シャンシャン”となる。)

そして、ここで一番重要なことは、英語の基本文型はこれらの5つ。
つまり、どんな英文でも、これら5種類のどれかに属するということ!どんなに、長く複雑でも!!

『そりゃそうだろ。何を今さら。』と言われてしまいそうだが、私自身は、こんな大事なことを意識しないで長い間英語に接してきていたと気づかされた。

だから、文型は、英語を理解する上での一番「基礎」となる部分であり、イメージ的には、家を建てる時の「基礎」に相当すると言えると思う。
つまり、文型という「基礎」があって、その上にその他の文法(不定詞・動名詞・関係代名詞・仮定法等々)が、柱や壁だったり、部屋だったりのように積み上げていくような感じなのだ。

そう考えると、自分自身の”英語の家”がグラついているのも納得がいく。
そう。肝心な”英語の家の基礎”がしっかり出来ていない上に、あれこれ色々なものを積み上げていってしまっていたからなのだろう。
それを、いま一度、全てを壊して、立て直していくつもりではある。(途中でくじけなければ)

実際、英語のレッスンで英文の意味がきちんと取れていないときに、先生からは、

『まだ文型がしっかりとれてない!!』

としょっちゅう厳しく指摘されている状態だ。


これから人生の中で大きな台風や地震が来ても耐えられるような”英語の家(=英語の力)”を持てるよう、文型をしっかり理解できるよう勉強していきたいと思う。



# by lateblooming | 2018-10-14 11:51 | シドニーで新たな学び | Comments(0)

「読み・書き・そろばん(算術)」とは、初等教育における基本的な教育内容を表したことば。
これを英語で表現すると「3R's(スリー・アールズ)」と呼ばれているようだ。
では、それぞれの英単語は?!

読みは、Readingでしょ。書きは、、

と、その前に、日本で似たような事例をひとつ。
こういった3つの言葉の頭文字をまとめたもので、私が最初に思い当たるのが、社会人になって最初の会社に入社してからすぐに耳にした「3S活動」。
これは、特にモノづくりに関係する会社ではよく聞かれたスローガンであるが、これを聞くたびに、何かモヤモヤする気持ちになったのを思い出す。
それは、整理・整頓・清潔をローマ字読みにしたときの頭文字を合わせて3Sなのが原因だ(Seiri・Seiton・Seiketsuで3S)。
それを、普段、”英語が話せたって仕事ができなきゃしょうがねーんだよな~”とか標榜している工場や品質管理のおじさんに限って、アルファベッドを使った造語にちょっと嬉しそうに『3S活動を徹底しろ!』とか声高に叫んでいたりするところがなんか滑稽に見えたからでもあるし、”アルファベットにすれば何となく聞こえがいい”的な発想で、日本語を無理やりローマ字読みしたりするところが心地悪かった。
どうせなら、せいり・せいとん・せいけつだから、「3せ活動」だったらまだスッキリしただろうか?!

という日本の事例も踏まえて、西洋文化の3R'sに話を戻すと。
(3R'sを考えていただいていた方、お待たせしました。)

読み・書き・そろばん(算術)の英語の3R'sとは、、

読みは、Reading。
書きは、Writing。
そろばん(算術)は、Arithmetic。


・・・全然「R」しばりじゃねーじゃねーか!!

と思わず叫びたくなる3つなのだ。
3つの「頭韻のR」を取って3R'sなのだとか。『ちょっと何言ってるか分からない』と(サンドウィッチマン・富澤氏じゃなくても)思わず言いたくなる。
なんといっても、3つしか単語がないのに、その中に頭文字にRがあるのが1個だけというのは、なんとも雑過ぎる!むしろ、意識がRに引っ張られて混乱すらしてしまいそうだ。

と、なんともザックリな西洋文化が垣間見えるのである。

結局、全体を通して何が言いたいかと言えば、

日本でも、西洋の国々でも、3つにまとめるときは結構無理しているんだなあということ。
それと、「算術=算数(小学生でやる教科)」の英単語はArithmeticだということ。
日本人的には、ついMathematicsと言ってしまいそうだけれど、Mathematicsは「数学(中学生からやる教科)」のことなので、ちゃんと使い分けないとね。



# by lateblooming | 2018-10-13 14:50 | シドニーで新たな学び | Comments(0)

”情景を考えなさい”と、英語レッスンをはじめたばかりの頃に先生によく言われた。
これは自分にとっては新しい気づきだった。

何を隠そう、ワタシはリスニングが得意ではない。(ちょっと強がって「苦手」という言葉は使うのはやめたが、ホントはこっちの言葉の方が合っているくらい。)
原因は何なのか。英語の勉強をちゃんとやりはじめたのがオトナになってからだから、完全「日本語耳」なのがいけないのか、若かりし頃にウォークマンでヘヴィメタを大音量で聴きまくったせいで耳自体が傷んでしまったせいなのか、一番の原因が何なのかまだ定かではないが、『いやー、英語の音を聞き取るっていうのはタイヘン!』という状態であることは間違いない。
ネイティブスピーカーが、こちらに気兼ねしないで本気で話した時に、完全にぶっちぎられることはしょっちゅうある。

通っている英語のレッスンの中で、ディクテーション(Dictation/書き取り)のパートがある。
毎回2~3分の英語の会話を聞いて、全会話を書き取るということをするのだが、これがキツイ。
その時に、”情景を考える”、つまり”情景を思い浮かべる”ということはどんなことなのかと自分なりに考えてみた。

考えてみると、これまでの自分の英語の聞き方というのは、「英語の単語をなんとか拾おう」と必死に、やや前のめりになって、眉間にシワを寄せて、相手から発せられる「文字」をひとつひとつ追いかけるような聞き方をしていた。
そうすると、大抵は、知らない単語でつまづいている間に、相手の言葉は次々に流れていき、『早い!』と感じ、置いていかれるという状況になっていた(涙)

それを自分のイメージとしては、少し後ろに身体を引いて、フッと息を吐いてリラックスして、まず「全体の場面(情景)」が頭に思い浮かべることに意識をもっていくように心掛けるようにした。
確かに、まず全体で何の話をしているかを掴むことで、次の会話の展開を想像できるので、それによって細かい情報もキャッチしやすくなるというのは納得感もある。

上手くいったときには英語の会話も、

「ふたりの男性の会話が始まったぞ」→「ブティックで買い物してるんだ。店員とお客か。」→「買いたいのは帽子か」→「結局、値段が高くて買わなかったんだ」

というような順序で、会話の場面が臨場感を持って理解できたりする。

まだまだ道のりは険しいけれど、英語を聞くときは「すぐに文字を追うのではなくて、全体の情景を思い浮かべる。」ということに意識することを続けてみようと思っている。


# by lateblooming | 2018-10-07 08:48 | シドニーで新たな学び | Comments(0)

メダカのSchoolは川の中

”めだかのがっこうはかわのなか~♪そっとのぞいてみてごらん~♬”
はご存知、童謡「めだかの学校」。
この歌がちょっと興味深くなる話をひとつ。

英語で「群れ」という単語は、日本語と違って、何の群れかによって使う単語が違ってくる。
例えば、

牛や馬などの群れは、herd。
鳥の群れは、flock。
そして、魚の群れは、なんと、school!! 学校のschoolと同じなのだ!
知ってました~?!

そうすると、「めだかの学校」の歌詞は、もしや原曲が英語で「School」とあったのを”誤訳”で「群れ」でなく「学校」としてしまったのか?
いやいや、元々日本の童謡だからそれはなさそうだ。
それでは、作詞した方(茶木滋氏)は、めだかの群れがSchoolだと知った上で、めだかの学校という歌詞を書いたのか??
そうだとしたら、かなりトンチがきているではないか!!
と、色々想像が広がるのである。

いずれにしても、メダカのSchool(群れ/学校)は川の中なのだ!

ただ、これを覚えたからといって、英語の場面で出会う機会はそうそうないと思うのであしからず(笑)
その代わり、飲み会やデートの際の雑談ではちょっと役立つかも。


今後は、こんな感じの英語の小ネタも時々書いていこうと思います。


# by lateblooming | 2018-10-06 22:14 | シドニーで新たな学び | Comments(0)

英語のレッスンを開始して、最初の新しい気づきは、先生から言われた”英語を覚えて使えるまでにインプットが4回必要”ということだった。
これは、先生ご自身の学びや、これまで多くの生徒さんを教えてきた経験から得られた経験則的なものだと思うが、自分自身にとっても納得感があった。

これまで、英語を勉強する中で、『この単語、以前にも見たことあるのに、全然覚えてないや~。ホント、ダメだな。』と自己嫌悪に陥ってしまったことはないだろうか?ワタシは沢山ある。
”私バカよね~ おバカさんよね~♪”(by 細川たかし)と歌いたくなってしまったことはないだろうか?(これはやや重症かもしれないし、古過ぎる。)
要は、英語が1回や2回で簡単に覚えられないのは、ワタシやあなたが悪いのではない!
英語というのがそもそもそんなにカンタンではないのだ!!

書店に行けば、「簡単英文法」「簡単英会話フレーズ」などの言葉がかかれた英語参考書が沢山並び、私もついつい手に取ってしまったことがあった。そしてはじめると、大抵は、思っているほど簡単に身につくことはなく、『やっぱり、英語はニガテだ。。』と思ってしまう。
考えてみれば、「カンタンに痩せられる!」という方法で、本当に簡単に痩せられたことなどあるだろうか?!私は絶対ナイと思う。
話がそれてしまった。英語に戻そう。

つまり、英語はそもそも1回や2回では覚えられるわけはなく、4回もインプットしないと覚えて使えるくらいまでにはならないんだと理解した。だから、すぐに覚えられなくても悲観する必要なないんだと。
こういったちょっとした発想の転換は大切にしたいと思っている。
事実、私はこの考え方で、英語と向かい合う上でかなり気持ちが軽くなった。
いや、もっと言えば、『私は悪くないんだ~ 私は悪くないんだ~ 英語が難しいのがいけないんだ~』と叫びながら、ハイジのように草原を駆け出したい気持ちになった。

ただし、もちろん、”甘い言葉”には注意が必要だ。
この「4回」というところがくせ者だ。
つまり、1回や2回で覚えらないのはしょうがないが、4回出てきてまだ覚えていないのは、「私の努力に問題がある」ということになる。
特に私の場合はそれは死活問題で、そうなると、せっかくはじめた英語レッスンがクビになる可能性がある。それはなんとしても避けたい。

実際、先生からは、レッスン中に『これ、前にも出てきたでしょ!』としょっちゅう言われる。
これはある意味”イエローカード”のようなもので、かなり緊張感を持たなければならない。

つまり、4回出てきても覚えられないのは、英語のせいでも、能力のせいでもなく、単なる「努力不足」のせいということである。

だから私は、こう呼ぶ。

”愛とプレッシャーのインプット4回”と。



# by lateblooming | 2018-09-30 08:30 | シドニーで新たな学び | Comments(0)

本気の英語レッスン

いま一度、英語を基本からしっかり学びたいと思うようになった。
考えてみれば、自分の英語のベースになっているのは、社会人になってからはじめた「英語の試験対策」の勉強を通して身につけたものだった。だから英語全体を網羅されているわけではないのは当然ではあるが、それでもそのお陰でなんとかココまで(海外で働けるところまで)はこれた。
ただ、この何年か越えられていない自分自身の壁を越えて先へ進むには、何か新しいことが必要だった。

そう思って最初にやってみたのが、(既に書いたように、この)「英語のブログ」。
これはある意味”変化球”だった。
イメージ的には、ピッチャー自分vs.バッター自分で、初めて試す変化球で内角高めギリギリを狙って投げる感じ。
すっぽ抜ければ、危険球かデットボールで”痛い思い”をするリスクもある。
ただ、モヤモヤした頭でバッターボックスに入っているバッター(自分自身)をハッとさせて、目を覚まさせるような効果を狙った。
そして、変化球の後には、本当の勝負球が必要なことは分かっていた。
それは、やっぱりど真ん中の速球ストレートに決まっている。バッターも思い切りバットを振りぬけるような。
その勝負球は、自分にとっては「英語の基本を学ぶ」ことだった。

実は、2度目のシドニーに来て自分が成長できていないと感じてからしばらくの間、ある先生から英語を学ぶのはどうだろうかと自問自答を続けていたが、なかなか一歩を踏み出せないでいた。
その先生は、日本人の学生を中心に、非常にしっかりとした英語を基本から教えることで、これまで多くの優秀な生徒さんを輩出しているW先生という方で、特にシドニー在住の奥様界隈では知る人ぞ知る存在であった。そして、その”厳しさ”も有名であった。
例えば、週に一回のレッスンは基本的に休むことは許されない。その曜日が祝日に当たったとしても、更には正月であってもクリスマスでも休みにはならないとか、宿題も多く厳しいレッスンについていけなくて脱落したり辞めさせられたりする生徒も多いとか、中には日本人の奥様が通ったら勉強に忙しく家のことが出来なくなって家庭が崩壊した(?!)とか、”都市伝説”まがいの話もあった。
ただ、そういった話のかなりの部分は真実でもあることを知っていた。なぜなら、我が家の娘が、前回のシドニー生活の時に約4年間W先生にお世話になっていた中で垣間見ることが出来たからだった。

当時、娘は毎週土曜日の午後にその英語のレッスンがあり、『海外生活は家族で一緒に楽しく過ごすことが何より大事だ!』と標榜していた私にとって、週末に”休むことができない”レッスンがあることにあまりいい気分はしていなかった。
万が一休むときにも宿題は必ず提出する必要があったため、家族旅行先のホテルで宿題をやって郵送する娘を見たときは、心の中で『いつでもやめていいぞ~』と思っていた。
それでも、娘は、ユーカリの木にしがみつくコアラのように、振り落とされることもなく、泣き言も言わずに通い続けた。
正直、そこまでする先生に対しては、家族一緒で過ごす週末の時間と娘をとられたような”嫉妬心”のようなものも相まって、あまりポジティブな感情は持っていなかったが、娘は頑張った甲斐もあり、中学3年間無事に現地校に通うことができ、中学3年生で受けた英語の試験では、TOEICで950点を超え英検では準一級を合格するまでの英語力を身につけていた。そして、娘自身も、W先生のところでの勉強があったからこそと理解していた。

そういった当時のことも思い返しながら、ワタシの中では、もしW先生のところで勉強をしたら、「自分ももっと英語で成長できるに違いない。」という希望と、「自分のこれまでの英語全てにダメ出しされた時の精神的ダメージに耐えらえるか?」「レッスンについていけるのか?」という不安とのせめぎ合いが続いていた。
それが、『英語を一生懸命がんばろう』と決めたことで、ようやく一歩踏み出す決心がついた。
『W先生に英語を教えてもらうことをお願いしてみよう』と。

ちなみに、奥さんと娘にその思いを伝えると、二人とも見事に反対であった。
私がイッパイ、イッパイになるのが目に見えているし、その影響が家のことにも及ぶからという理由だった。
最終的には、一度決めたらやるまでは気が済まないのを知ってか、奥さんは『私は(反対って)言いましたからね。(どうなっても知らないから!)』という、励ましの言葉(!?)でOKしてくれた。

W先生に電話をした。
奥さんが娘を入れてもらう電話をした際には、正座をして姿勢を正して電話したとのことだったので、私も正座こそしなかったが気持ちを整えて気合を入れて電話した。
最初に、以前に娘がお世話になっていた者ですと告げた後、思い切って

『英語を基本から教えていただきたいです。』

と伝えた。

先生からは、たまたま教えていた社会人の人が帰国になったので、金曜の夜なら空いているけれど、どうかと言われた。
週末が理想であったが、自分さえしっかりやれば絶対通えない時間ではなかったので、即座にぜひお願いしたいと伝えると、先生からは念を押すように

『勉強は大変ですよ。』

との言葉が返ってきた。
私は、『はい。頑張ります。』と心からの返事をして、先生のところに通うことが許された。

なお、後日談ではあるが、先生のところへ教えて欲しいと連絡する社会人は後を絶たないそうだが、先生はたとえ予定が空いていたとしても誰でも受ける訳ではないとのことで、特に「英会話を習いたい」とか「ビジネス英語だけ教えて欲しい」というような場合は断っているとのことを知った。
先生が私を受けることにしたのは、私が最初の電話で”基本から勉強したい”と言ったことが一番の理由だったようだ。

こうして、週一回3時間のプライベートレッスンが始まることになった。


今後、この本気の英語レッスンを通して得た、私自身の「新しい気づき」や「新たな学び」を中心に書いていこうと思います!



# by lateblooming | 2018-09-23 15:21 | シドニーで新たな学び | Comments(0)

人生の中で、「大きな別れ」が「大事なはじまり」につながることがある。
私にとっては、親父が亡くなったときがそうだった。

2回目のシドニー生活が半年過ぎて、仕事で日々もがいていた頃、日本で親父が急逝した。
親父とは結構仲が良くて、会ったときには色々と話を聞いてもらっていた。特別アドバイスがあるわけではないのだが、私の仕事のことをいつも気にかけてくれていたのは知っていた。
だから、悲しさはもちろん、それよりも、仕事でもっと成功する姿を見せられなったという悔しさが大きかった。

葬儀で三島の実家に帰ったとき、地元の本屋にふらっと立ち寄った。
ぼーっとした頭で書店の中を歩いていたとき、平積みされている「さよならの力」(伊集院 静著)という本が目に留まり購入した。
その本から私が受けたメッセージは、”人はどんなに辛く悲しい別れがあっても、時間が経てば必ず立ち直って前に進める。それまでよりも少し強くなって。”というものだった。

それで、親父との別れは、後で振り返ったときに、悲しい記憶としてではなく、『何かをはじめるきっかけになった』と言えるようなものにできたらいいなと思った。
自分の仕事での成長や成功につながるようなことは何かと考えた。
私にとっては、それはやっぱり「英語」だった。


『英語を”一生懸命”がんばろう。』

と決めた。少々大げさではあるが、文字通り英語を”一生を懸けて”頑張ってみようくらいの気持ちで。
そういうワケなので、今このブログを読んでくれている皆さんとは、これから長いお付き合いになりますので覚悟してください(笑)

そして、英語への取り組みについて、シドニーの地で「新たなチャレンジ」の一歩を踏み出すことを決心した。「さよならの力」をかりて。
それは、それ以前とその後で、自分にとっては”世界が変わった”ターニングポイントと言えるかもしれない。

次回から、新章「シドニー激闘編」へ突入!!



# by lateblooming | 2018-09-16 14:10 | 2度目のシドニー生活 | Comments(0)

コアラな娘の専攻選び

動物占いで「コアラ」だった娘にとっても、オーストラリアでの生活は2度目。
彼女にとっても、今回はシドニーの大学で学ぶという新たなチャレンジが待っていた。

ちなみに、基本的にオーストラリアの大学ではすぐに専門課程で学ぶことになっており、日本の大学で言うところの一般教養課程は高校で終えているということになっている。
したがって、日本人を含む多くのアジアからの生徒は、「外国人留学生(International Student)」として、実際の大学で専門課程を学ぶ前に、一般教養課程を学ぶ基礎コース(Foundation Program)」を終了する必要がある。
簡単に言えば、3年間日本の高校で過ごした娘は、日本にいるときに大学(シドニー大学)の入学許可は既に得ていたものの、まだ実際の「専攻(学部)」は決まっておらず、本当の大学のキャンパスに”足を踏み入れる”為には、クリアしなければならない準備コース(別の学校で提供される)があるということである。

準備コースは、最長で15ヶ月で学ぶコースもあるが、奥さんから娘に対しては、入学や卒業のタイミングを考えて『短めの9ヶ月コースで終了すべし!』という”指令”が出ていたので、なかなかのプレッシャーであったことと思われる。
更に、最初の3ヶ月間は、(我々のビザ取得のタイミングが合わず)娘は先にシドニー入りして初めての「ホームステイ」をしながら通学することになったこともあり、それなりに緊張感を持たざるを得ない環境で2度目のシドニー生活が始まることとなった。

実際、3ヶ月後に、娘と再会して家族で一緒に住むようになった時に、自分の部屋のベッドメイキングをピシッ!とやっていたのを見たときは、奥さんと一緒に驚き、

『”可愛い子には旅をさせよ”とはよく言ったものだな~』

と、しみじみ感じたものだった。
しかし、それも1ヶ月くらい続いただけで、あっという間にそんな習慣はどこへやら、娘の部屋も以前に見慣れた”フツーの状態”に戻っていたのを見て、

『やっぱり”ヒトはそんなに簡単には変われない”よな』

と、なんか妙に安心したのを覚えている。

その後、娘は、これまで通り、本物のコアラのようにこちらからはあまり何を考えているのか分からない様子で学校に通いながら、無事に9ヶ月の準備コースを終えて、いよいよ大学の専攻を決める時がきた。

大学での専攻については、事前に、学生の間では就職時にも広い範囲で活用できる(潰しがきく)というような点もあってか、コマース(Commerce/商学)系が人気が高く、専攻を希望するには準備コースでの成績も高くないと難しいという話があったそうだ。
娘もなんとか、それを希望できるくらいの成績は取っていたようだったので、てっきりコマースを希望するのかと思っていたが、彼女が希望したいと言ってきたのは、「建築系(Architechture and Environments)」であったので少し意外だった。

娘に理由を訊いてみると、

『大変でも、好きなことなら頑張れると思うから。』

と一言。相変わらず、それ以上の話はほとんど出てこなかった。

ただ、海外の大学での勉強が決して楽ではないということをしっかり理解しているようであり、何より私自身が、「好きなこと」や「本当にやりたいこと」を(学び)仕事にするのが一番だといつも考えているので、正直その一言で十分ではあった。
だから、私からも返答は、

『いいんじゃないか。』

と一言伝えた。

とは言え、内心では、自分が関わりたいと思っているカジノ/IR(統合型リゾート)のビジネスは、正に、シンガポールのマリーナベイサンズのような「シンボリックな建築物」や日本の地方自治体の「街づくり(都市開発)」とは切っても切れない関係であるので、『将来、この業界にも関わってくれたらいいぞ~』とか密かに思っているのであった。



# by lateblooming | 2018-09-09 11:15 | 2度目のシドニー生活 | Comments(0)

『この先どこへ向かうべきか?』『何をしたらいいか?』と迷ったとき、自分の過去を振り返ってみるのはアリだと思う。
これまで自分が、何を目標にして、何を大事にして、何に時間やお金をかけてきたかを改めて意識することで、将来の方向性を考える手がかりが掴めるような気がするから。

私の場合はまず、薄々気づいてはいたが、少なくとも過去5年前後(あるいはもっと長く)自分の英語力は伸びていないという事実を認めざるをえなかった。
ずっと「大きく高い壁」の前をウロウロしているなと。ちょっと壁を叩いてみたり、どこかに抜け道がないか探してみたりしながら。
ここから先、自分がやりたいことを出来るようになるには、やっぱりもっと英語力が必要なのは分かっている。
だから、この壁は乗り越えたい。

そこで、一度、これまでの「英語への取り組み」について、振り返ってみて「何をやってきたか(そしてどうなったか)」「何をやってないか(足りてないか)」などを頭の中で整理してみたら、この先につながる何かが見えてくるかなと考えた。

そして、ちょっと振り返ってみて、最初に気が付いたことは、

”思えば遠くへ来たもんだ~♪”(by 海援隊)

ということである。
故郷(ふるさと)離れて20年以上、今住むシドニーは日本から7,800km離れているから、実際に物理的にも遠くに来ていた。
それに英語についても、アルファベット(ローマ字)に強烈なニガテ意識を持っていた子供時代からスタートして、初めての海外は23歳のとき。
そこから海外で働いてみたいとホンキで考えるようになって、現在は3回目の海外勤務中。英語のネイティブカントリーであるオーストラリアでなんとか仕事が出来るまでにはなっていた。
その間の成長は、それなりに小さくはない気がしている。

そこで、ふと思った。
これまでの、自分の英語に対する取り組みから、何か他の人にも参考になることが少しはあるのではないか?
それなら、これまでの振り返りをしながら、ブログでも書いてみようかなと。
それに、既に英語がとってもデキる方々が書いた「英語を教える」ブログは沢山あるけど、英語に対して「悪戦苦闘の過程」や「現在進行形のチャレンジ」を書いているブログはあまりないかなと思ったので、『もしかしたら面白くなるかも』と考えた。

そして、このブログを書き始めた。
英語ははじめるのが遅くても、続けていればきっと「壁」は越えられ、そしていつか”花が咲く”ときは必ずくる!と信じながら。

最後に、私が振り返りをしながら確信したことを一言で。

あなたも、私も、もっと英語が上手くなれる!!




# by lateblooming | 2018-09-02 11:47 | 2度目のシドニー生活 | Comments(0)

あるとき、自分が話す英語にワクワクしていないことに気づいた。
もっと言えば、自分の英語に「飽きた」という感覚を抱くようになってしまった。
これは、よろしくない。

2回目のシドニーでの仕事は、日本人は自分一人だけで、周りは全員ローカルメンバー。
当然、英語でのコミュニケーションとなる。
他拠点にいる日本人と日本語でコミュニケーションすることも結構あるとは言え、やはり英語を使う機会は非常に多い。
そういった職場環境は、それこそ『望むところ』なのだが、英語を使う機会が多いからこそ、自分の英語力の足りなさを再認識することになった。

実は、こういった状況になることは、薄々は気づいていた。
前回(別の会社での)5年のシドニー赴任を通して、英語のネイティブカントリーであるオーストラリアで、なんとか自分の英語力をフル活用して”それなりに”仕事が回せるようにはなったという感触はあった。

ただ一方で、「根本的な英語力」の部分ではあまり成長出来ていなかったのではないかという疑念も抱えていた。
要するに、限られた英語のレパートリーの中から使いまわすから、使う英語がワンパターンになっていたということである。
そう考えると、赴任前に受けた英語試験IELTSで、スピーキングの点数が(リスニング、リーディング、ライティングよりも)相対的に低かったことも、会話のバリエーションが乏しい(つまり、ワンパターン)ということの現れだったと考えると合点がいく。

では、ワクワク感を取り戻すには、どうしたらいいか??!!

いい解決策がすぐに分かれば苦労はないが、そんなに簡単に見つかるほどカンタンではない。
ひとつハッキリ分かっていたのは、自分の性格を考えても、自分がこれまでやってきた同じ方法や似た方法を繰り返すのではダメだなということだった。

『何か新しいことをしなければ。。』

そんなことを考えながら、進行する日常業務をワンパターンな英語でなんとか乗り切る日々が続いた。

そして、苦し紛れに「新しいこと」をひとつひねり出した。

それは、「英語についてのブログ」をはじめることだった。


# by lateblooming | 2018-08-26 12:32 | 2度目のシドニー生活 | Comments(0)

たまに、ちょっと外国かぶれの日本人女性が、『日本人の男のヒトって、「レディーファースト」じゃないからイヤよね~』とか言っているのを聞くと、正直カチンとくる。
とは言え、自分自身、「レディーファースト」がなんたるかもしっかり理解できているとは言えないので、ついつい、

「不器用な男(日本男児)ですから。。」

と、ごまかしたくもなるが、これが通用するのは高倉健さんまでだ。

そこで、私も、すぐには”紳士”にはなれないが、海外で生活する中では少し意識して行動していることがある。
そこで、私が好きで、とても役立つ英語のフレーズが、

After youだ。
日本語の「お先にどうぞ」という意味。


まず、これの好きなところは、日本語では”あなたが先に行ってください”だけど、英語では”私はあなたの後に行きますから(After you)”という感じで、なんか微妙に表現が違っていて、一瞬「西洋の思考回路」に触れた感じ~!と、脳のどこかがちょっと刺激されたような感じがするところ。(しません?!)

それはともかく、一番いいのは、なんといっても実用的なこと。

エレベーターで女性と乗り合わせて一緒の階で降りるとき、「開(OPEN)」を押しながら、(もう一方の手を軽く前方に向けて)『After you』。先に女性に降りてもらう。

レストランや建物の出入り口で同じようなタイミングで女性が(後ろから来たり、前から来たりして)ドアを通過するとき、ドアを引いて『After you』。先に女性を通す。

とってもカンタンだ。
そして、ほとんど女性からは『Thank you』と返ってくる。これは、こちらもハッピーだ。
例え、感謝のコトバがなかったとしても気にすることはない。これをされて嫌な気持ちになる女性はほとんどいないだろう。
相手も気分が良くなって、自分もハッピーなら、やらなきゃ損だ。

更に私の場合を言えば、
もはや、「After you」は、女性に対してだけでなく、男性に対しても、上記のようなシチュエーションでは頻繁に使っている。
この場合も、ほぼ100%「Thank you」が返ってくる。
はっきり言って、性別やヒトを区別するよりは、よっぽど楽だ。
それに、更に個人的に好きなところでもあるが、「After you」を使うときは、他の人を先に通すので、当然、こちらは「立ち止まる」。つまり、一瞬、自分の動きが「テンポダウン」することになる。これは、時間に追われてワサワサした気持ちのときに、フッと気持ちを落ち着けることが出来る。

そんなワケで、私はシドニーでの生活の中で、「After you」を乱発している(笑)
実際、「Thank you」の次に多く口にしているフレーズな気がする。多分、間違いない。


そして、この「After you」は、ぜひ日本でも使って欲しい。
今や、日本には沢山の外国人の観光客の人達や生活している人達がいる。
そんな時には、ぜひ試してみてほしい。
きっと、日本での気持ちのいい思い出の一つになるに違いない。
それに、「活きたグローバルコミュニケーション」をしたという感覚が絶対得られるはずである。
日本で英語を使う機会がほとんどないヒトも、騙されたと思って勇気をもって試して欲しい。
カタカナで「アフター・ユー」と言ってもいい。きっと通じるはず。

特に、日本はこれから東京オリンピックで外国の人たちと接する機会は増えるはず。
”おもてなし”はもちろんコンセプトとしていいけど、「それで、実際なにするの?」というのが見えにくい。
「After you」は、個人単位でできる直接のコミュニケーションだ。

ついつい、”After you教”の教祖みたいになってしまったので、ここまでにしよう。

では最後に、

エレベーターで、After you.
お店の出入り口でも、After you.
ついでに、ダチョウ俱楽部も、After you, After you.(どうぞ、どうぞ。)



みんなで、グローバルコミュニケーションを楽しもう!!



# by lateblooming | 2018-08-19 09:26 | 2度目のシドニー生活 | Comments(0)

2度目のシドニーで、前回とは違う会社の現地拠点で働きはじめると、すぐに前回以上にチャレンジングな仕事であることを実感。
そして、3度目の海外赴任にして初めて、「海外駐在員の仕事の本質は、”諜報部員”に通じるものがある。」ということに気づいた。

私の職場は、豪州市場全体をカバーする販売拠点である社員10数名という比較的小さい現地会社。
その中で日本人は一人だけで、その時前任者もいなかったので、手探りのスタート。
仕事は、Corporate Strategy(日本で言えば経営企画部門)のマネージャーとして業務であった。簡単に言えば、「オフィス管理業務の何でも屋さん」といったところだ。

これまでの2度の海外赴任時(シンガポールと前回シドニー)と一番大きな違いは、以前は「現地会社の上司が日本人」であったが、今回は、「現地会社のトップ(にして上司)は現地人」ということ。
これは、働く上では、予想していた以上に大きな違いがあった。

一番のポイントは、「レポートラインが2つある」ということ。
つまり、1.現地人の上司 と 2.日本(本社)の上司の下で働くことであり、その両方に対する報告義務があるということ。
言ってしまうとシンプルに聞こえるが、この、日本と現地間で「バランス」を取りながら仕事をするというのは、非常に難しい。
このバランスが崩れると、以下のようなことになる。

1.現地人上司
現地の状況や見通しを日本へ伝えることは基本的な任務であるが、これは、ある意味「現地人上司を飛び越えて情報を流す」ことであり、現地の上司としては決して面白くはない。特に、悪い情報を日本に報告されることに対しては、当然その反感は強まるのだが、こちらはそういう場合にこそ日本からは正しい状況説明が求められるからツライところ。
そうなると、現地人上司からは、

”アイツは、日本(本社)ばっかり見て仕事している。“

というレッテルを貼られることになり、信頼感が失われると、現地の大事な情報が入ってこなくなり四面楚歌となる。

2.日本人上司
根本的に、日本(本社)からは、現地のトップを含めてローカルスタッフと信頼関係を築き上手くビジネスを改善させ回すことが最重要任務とみなされている。そして、当然ながら聞きたいのは「良い結果」であり、悪い状況は極力知りたくない。しかし、悪い状況について報告がないのも許されることではないからムズカシイ。
そのバランスが崩れると日本人上司からは、

”現地に取り入れられてどうすんの“ ”それを現地で改善するのが仕事だろ“

というキビシイ励ましの言葉が投げかけられることになる。
もし、ビジネスの改善結果が見えてこない場合は、「力不足」とみなされジ・エンド。

このように、(現地会社のトップとしての海外に赴任する場合はまた違った状況であると思うが)日本人海外赴任者が多かれ少なかれ求められるのは、諜報部員のような「繊細さ」と「精神力」ではないだろうか?!
そう、あのジェームズ・ボンドのように!

ただ、ジェームズ・ボンドほどの、超人的な身体能力や知能、そして特殊な武器を備えていない我々が頼りにできるのは、
「コミュニケーション能力」だけと言っても過言ではない。

それには、当然、英語力(外国語力)も含まれる。
現地のトップやスタッフと繊細なコミュニケーションを取れるか否かは、英語力が大きく左右する。


こういった事に気づいたある日、ワタシは家族に向かって高らかに宣言した。

『オレは、”007”だから!!』

すると、我が家のボンドガール(奥さん)からは、

『れーてん、れーれーセブン(0.007)くらいでしょ。』

と言われた。

皆さん、共に”007”のように、強く、カッコよく働こう!!


# by lateblooming | 2018-08-05 10:54 | 2度目のシドニー生活 | Comments(0)

2度目のシドニーでの生活は、住む家が決まるまでの間、「民泊」(旅行者に一般住宅を有料で貸す宿泊サービス)を利用することからスタート。つまり、「ホテル」に滞在するのではなく、”一般のオージー“が普段住んでいる家で生活するということだ。それも、家族一緒に。
民泊活用期間は、約1ヶ月間!(その間に住む家を決める)

そもそも、この”作戦”を思いついてくれたのは奥さん。
私自身、一般的に、日本からの海外赴任者がホテルではなく民泊を利用するという話は聞いたことはなかったが、既に海外ではAirbnbに代表される民泊サービスは広く広まっていて日本でもこれからというタイミングだったこともあり、『体験してみるのもいいかもね』くらいのノリで決めた。

そして、実際に利用してみると、これが意外とナイスであった。
奥さんのファインプレーである。

良かった点は、以下の2点に集約される。

1.リーズナブル
これは民泊の最大の売りである為、言わずもがなではあるが、これは大事だ。特に、シドニーのホテルは高い!
家族で滞在できるようなホテルであれば一泊200ドル(2万円弱)以下で探すことは非常に難しい。
ちなみに、奥さん、娘、私の3人で生活するため、借りたのは2ベッドルーム(2LDK)の低層マンションで駐車場付き、シティへのアクセスも良く、最寄りの駅も近い物件。このレベルをホテルやコンドミで探そうとしたら一泊300ドル(3万円弱)は下らないだろう。
それが民泊であれば上手く探せば一泊100ドル(1万円弱)前後で借りられる。
約1ヶ月と比較的長い滞在になれば、経費削減は当然重要だ。

2.即生活開始が可能
食器や調理器具等は、大体、その家のものを使ってよいことになっていた(ホントに使って欲しくないものは鍵のかかったところにしまわれてあった)。
そのおかげで、奥さんが、慣れない調理器具で苦戦しながらも料理をしてくれたので、日々の食事を「家」で食べることが出来たのは、ヒジョーに有難かった。
ちなみに、炊飯器と箸はなかったところに、妙に海外を感じた。


もちろん、民泊ならではの難点も見えた。
一番気になるのは、同じマンション住民からの「冷たい視線」。
当然、住民にしてみれば、突然、知らないアジア人旅行者らしき家族が隣で生活をしていたら気になるだろう。
特に、「ゴミ出し」の際に、奥さんが住民からあまり良く思われていないような態度をされたりと、何となく肩身の狭い思いをしながらの生活となっていたことは確かだ。

あとは、部屋のオーナー(貸し手)さんの生活感がアリアリと残っているのも、なかなか気になるものだ。
部屋のあちこちにカップルのラブラブ写真や家族との写真が貼られているのが、嫌でも目に入るので、なんか他人の生活をのぞき見しているような感覚もあり、正直、心からくつろぐのは難しい。

家族とは、『早く、自分たちの家に住みたいね。』と日々励ましあいながら生活していた。

このような、長所と短所のある民泊を上手く活用するために、思った以上に大事になってくること。
それは、部屋のオーナー(貸し手)との英語によるコミュニケーションだ。

鍵のやり取りや、生活している間の困ったことなどは、民泊サイト上のメールやチャット機能を使って、「直接やり取り」することになる。例えば、エアコンが動かないとか、WiFiのパスワードを教えて欲しいとか。
特に覚えているのは、ある日、その家の傘を使わせてもらって外出したときに、暴風雨で、その傘がボロボロに壊れてしまったことがあった。そして、直接オーナーにゴメンして、『全然、気にしなくていいわよ~』と思いがけず優しい反応があった時には、とても嬉しい気持ちになった。結局は、人間的な直接のコミュニケーションが大きくサービス利用満足度に影響する。

最後に、初めて海外で民泊サービスを利用してみて、「このサービスが日本で広がっていくだろうか?」と考えてみた。

個人的には、制度整備の点だけでなく、他にも『いろいろ大変そうだ』と感じた。

特に日本では、「近所に知らない外国人が出入りする」という環境は、なかなか受け入れられにくい文化ではないかと思う。
当然ながら、外国からの人たちは、日本人の”想定外”の行動をするため、オーナー(貸し手)も、それに対応できるだけの経験やコミュニケーション能力(英語力)も必要不可欠だ。

2020年東京オリンピック前後に、日本での民泊サービスがどういった広がり方をしていくのか、とても関心を持って見ている。


# by lateblooming | 2018-07-29 09:40 | 2度目のシドニー生活 | Comments(0)

何か新しいことにチャレンジするには、「ハラハラ、ドキドキ」はつきもの。
特に、海外での生活や仕事、社会人になってから大学院(MBA)、そして転職などで先がはっきり見えない展開は、まさに”スリルとサスペンス”だ。
特に、家族が一緒の場合は、その度合いは倍増する。

ワタシの場合、そんな状態になる度に、家族に対しては、
『我が家は、スリルとサスペンスがテーマでしょ~』と共通理解を促す。

しかし、それに対して奥さんは、

『ソレ、本当にいらないから。』

と、真顔で言ってくるので、ちょっとツライところだ。
ちなみに彼女、小説を読むときには、一番後ろの結論を先に読んで、前に戻って読みながら『これで安心して読める』とか言ってみたり、テレビの連続ドラマは、ネタバレサイトを先に読んでから観て『ハラハラしなくて済む』などと言っているので、確かに”スリルとサスペンス”はなかなか賛同を得にくいテーマではあるかもしれない。
(私が見たところ、そういった環境に対する適応力はかなり高いと見ているのだが。。)

ちょっと話は反れてしまったが、新しいチャレンジである程度の「ハラハラ、ドキドキ」があるのは当然ではあるが、時には、それが許容範囲を超えてしまうような事態になることもなくはない。
個人的には、そういった部分を含めて価値のあることだと考えてはいるが、せっかく、希望を持って思い切ってチャレンジをしたヒトが、反対に、立ち直れないほどのダメージを受けて苦しむようなことには、できればなってもらいたくない。

そういった思いを込めて、以下に、”ちょっとつまづいた”経験のある者から、海外赴任、MBA、そして転職に関する「転ばぬ先の杖」をお渡ししたい。

1.海外赴任:”行きはよいよい帰りはコワい”
海外赴任は、行くときも希望と不安でドキドキするのは言うまでもないが、実は、任期を終えて日本へ帰任する際のイメージを事前にある程度持っておくことが結構大事。社内で海外での経験が活かせる仕事ができるかどうか。
多くの場合、日本では『海外赴任期間は特別だ』と考えられている。

例えば、私の場合は、5年の海外赴任期間に、現地でマネージャーに昇格して現地給与も上げてもらえたのだが、日本に帰任した後は、1つ下のポジションであるアシスタントマネージャーからの再スタート(ある意味若干降格)であった。簡単に言えば、その会社では、海外での5年間の成長と経験はほとんど考慮されなかったということ。そして、冷静に日本本社の職場を見回してみると、海外から帰任後に十分に評価されていた人がいなかったばかりか、赴任後に無事に本社に戻ってこれた人すらほとんどいない状態だと気付いた。

幸い、その後少ししてから、私の経験を買って引っ張ってくれた上司がいて、無事にマネージャーに再昇格できたのはラッキーだった。

転ばぬ先の杖:海外赴任からの帰任者が、日本の職場でどのように評価され活躍しているかを事前にチェック!


2.MBA:”言うべきか言わざるべきか”
国内MBA(大学院)に仕事をしながら通う場合、そのことを、上司や同僚に話すかどうかは判断に迷うところ。
会社がその行為をプラスに見てくれるか、ネガティブに見るかは、それぞれ。
多くの場合、日本では『頭でっかちはダメなんだよ。大事なのは経験だよ。』という考えが根強い。特に、叩き上げのオジサン上司はほぼこのタイプ。

例えば、私の場合は、大学院(MBAコース)に合格した後、プロジェクトチームの上司に伝えた。
すると、数日後、その上司から『上にも相談したのだが、MBAに通うようなら忙しくなるだろうし、プロジェクトから外れてもらうことになる。あと、マネージャーのポジションも外すことになると思うけど、それでも通うか?』と耳を疑うようなことを言われた。
その時に、既に自分は「裁量労働制」(簡単に言えば、本来は、結果重視で時間配分は社員に委ねられるという制度。残業代も基本的になし。)の対象者であったが、期待されていたのは”残業代なしで出来るだけ沢山働いてもらえること”であると分かった。そして「MBA=忙しくて仕事に集中出来ない」と捉えられるのだなと。社内にはMBA取得者はいなかった。

そして、翌日、上司には『MBAには通うつもりです。』と伝え、自ら転職活動開始のゴングを鳴らした。

転ばぬ先の杖:上司はMBA取得者か。社内にMBA取得者で活躍している同僚や上司がいるか。いないのであれば話すのは要注意!


3.転職:”「立つ鳥跡を濁さず」コレが最難関”
やっと無事に転職が決まった後も、今の会社を辞める最後の瞬間まで気を緩めてはいけない。
多くの会社は、雇用している社員が辞めてしまわないように努力することは少ないが、辞める社員に対しては将来的な負の要因とならぬように最大の注意を払う。
当然ながら、退職する会社とトラブルになるようなことは、次の会社にも迷惑がかかる可能性もあり、避けなければならない。
その為には、最後の力を振り絞って、アタマと人間関係を駆使して、跡を濁さず立つ鳥になることを目指すべし。

例えば、私の場合は、辞める数日前になって、「誓約書(6ヶ月間の同業他社への転職禁止への同意などを含む)」へサインをしないと退職手続きを完了させられないということを言われた。
こういった会社からの退職が決まった後に突然出してくる要請については、既にそのような状況はある程度想定していたので、事前に知人の弁護士に適切な対応について色々とアドバイスをもらっていた。
それでも、自分で勇気を持って判断しなければいけないこともあるこをは忘れてはならない。最後は自分の決断だ。

そうして、無事に退職手続きをクリアできた。

転ばぬ先の杖:今までに同じ会社を退社した人、人事部で個人的に良い関係の人、その他転職経験者(さらに知り合いの弁護士などがいたら尚良し)のアドバイスをもらうべし!そして、最後は勇気!!


以上、長くなってしまったけれど、何かの参考になれば幸いです。
(少々、刺激的な内容も含まれている為、もしかしたら削除してしまうかもしれませんが。)

では、最後にお聞きします。

”スリルとサスペンス”、一緒に楽しみませんか?!


# by lateblooming | 2018-07-21 17:32 | 日本で再び転職 | Comments(0)

後ろ髪を切る

シドニー赴任の為のビジネスビザ取得がそろそろ取得できそうだという頃、通っていた大学院(早稲田大学ビジネススクール・夜間主総合)は2年間のカリキュラムのうち、ちょうど1年目を終了したところだった。

「成績優秀者」ではなかったが、それまでに履修した科目は当たり前ではあるが一つも落とさずに、全体として“そこそこの成績”が取れていた。
特に、現役大学生のときには課題や試験対策で散々友人たちに頼ってしまったことから比べると、今回は完全に自分の力だけでやり通していたので、自分としてはそれなりに満足のいくものであった。
何よりも、授業で学べることはどれも有益に感じられ、全体としては、もちろん非常に大変であったが、とても面白かった。
2年目には卒論作成の為に、好きな教授のゼミに入ることも決まっていた。
だからこそ、出来ることなら、2年目も最後まで通い続けたかった。

だが、赴任の時期を考えると、最後まで通えないことは明らかだった。
どうするのか決断をしなければならない。

そうなると、選択肢は大きく3つ。
1.シドニーへ行った後も、なんとか卒業を目指す。
実際に、生徒の中には途中から転勤で海外へ行った後も、上手く必要単位を取って卒業まで漕ぎつける方法を取る人がいることはいた。
ただ、当然ながら、海外へ行くタイミングにも、仕事の状況によっても話は違ってくる。
基本的には、通学前提のコースであり、間違いなく、卒業するための単位取得のためには勉強以外の部分でも様々な手のかかる調整が必要になる。

2.限られた期間休学する
休学は一番単純な方法に思いがちだが、実際はそれほど簡単なものではない。
基本的には、ずっと休学が認められるわけではなく5年間くらい。それも1年間に約10万円の休学費用がかかる。
更に、事が複雑になる特殊事情としては、(ちょっと細かい話だが)通っていたコースは商学研究科であったが、ファイナンス研究科と統合されることが決まっており、簡単に言うと『単純に同じコースには戻れない可能性が高い』とのことだった。

3.退学する
退学した時点で全て終了。戻れる可能性は基本的にゼロ。


ちなみに、今回のシドニーでの仕事は、かなり甘くないことはハッキリしていた。
ここ数年、現地の業績は非常に厳しい状況にあり、「これから改善できるのか」それとも「閉じるのか」のギリギリのタイミング。
その見極めが自分の仕事でもあり、その方向性によって、自分自身の仕事がどうなるのかも決まってくるというかなり緊張感のある任務であることは分かっていた。
そして、現地の拠点には日本人は誰もおらず自分ひとり、私のポジションの前任者もいないところからスタートすることになっていた。
赴任期間が短くなるのか長くなるのかは、現地での仕事の結果次第である。

これらの状況を踏まえて、『自分らしい方向性』は何だろうかと考えた。
そして、これらの状況から私が選んだのは、「退学」であった。

決断の一番の決め手は、

「自分はそんなに器用ではない」

ということだった気がする。

そもそも、一番自分がやりたいのが、シドニーでの仕事であり、結果がどうであれ思い切りやりたいと考えていた。
現地で、思い切りベストを尽くしてダメだったらしょうがないが、日本のことにも気を取られながらで失敗したときは絶対後悔すると思った。

もちろん、大学院受験の為に事前に予備校に通ってようやく合格して入ったことや、転職期間も転職後も踏ん張って通っていたことや、最終学歴が「大学院卒」になるということを考えると、正直、後ろ髪を引かれる思いであった。
だからこそ、「退学」で”後ろ髪”をバッサリ切ることにした。

こうして、ワタシの最終学歴は、”大学院中退”という、なんだか全然締まらないものになってしまった(苦笑)

まあ、まだこの先の人生で、再びどこかの大学院で勉強する機会もあるかもしれないしね(!?)

と退路を断って、何はともあれ、ついに2度目のシドニーの地へ出発進行!



# by lateblooming | 2018-07-15 10:28 | 日本で再び転職 | Comments(0)

コアラな娘の選択

私が2度目のシドニー赴任に向けて準備をしている時期、我が家の娘は高校3年生だった。

彼女は小学校高学年から中学3年までの5年間をシドニーで過ごし、帰国後3年間、日本の高校に通っていた。
日本に戻ってからも、コアラのように今一つ何を考えてるのか分からない上、普段何を考えているのかもなかなか伝わってこない感じであったが、帰国生が約3分の2を占めるという”珍獣たちが集まるサファリパーク”のような高校で、楽しく伸び伸び高校生活を送っているようではあった。

大学進学を考える娘にとって2つの選択肢があった。
ひとつは、日本の大学に通うこと。
もうひとつは、再び家族一緒にシドニーに行き、オーストラリアの大学に通うこと。

私がビジネスビザを申請しているときには、これらの「どちらかを選べる状況」になっていた。
簡単に「どちらかを選べる状況」とは言ったが、そういった状況の為の準備を進めていたことが一番重要であり大変なことだったと考える。
特に、その過程にワタシはほとんど関わっていなかったので、海外の大学の入学選考に必要な「TOEFL」や「SAT」という英語試験を娘に受験させておいた奥さんの「先を見た考え」には正直感心したし、その”叱咤激励”に応えて学校の成績を指定校推薦や帰国生受験を受けられるレベルにキープしながら英語試験のスコア取得の準備を進めた娘本人の頑張りも立派だったと思う。

2つの選択肢のどちらを選ぶかは本人の意思に任せようと考えていた。
そして、ある日、娘に訊いた。

『大学、どうしたいんだ?』

娘の答えは、一言。

『できれば、オーストラリアの大学に行かせていただきたいです。』

ちなみに、ここでお金の話はなんだが、オーストラリアの大学における海外留学生としての学費は日本の私立大学の3倍くらいする。
それを考えると、東京で一人暮らしをする費用と日本の大学の学費を足しても”おつり”がくるくらいだなと。
だから、ホントは内心、日本の大学を選んでくれてもいーぞーとか思っていた。

自分自身は大学受験の時には「海外の大学」なんて選択肢はこれっぽっちも頭になかった。
ただ、もし今、自分が娘と同じように日本の大学と海外の大学を選べる立場にあったとしたら、きっと、娘と『同じ選択』をするだろう。

海外の大学で勉強するというのは、日本での学生生活よりも相当キツイこともあるにちがいない。
実際に、娘にとっては出だしからチャレンジングな状況になったのは、私のビジネスビザの承認が現地の大学の授業開始スケジュールに間に合わず(これがビザの怖いところ!)、彼女はやむなく一人だけ先に「学生ビザ」を取得して、少なくとも2~3か月はシドニーでホームステイしながら授業に通うことになったことだった。

こうして、コアラな娘は、東京の小金井にある安全な“サファリパーク”で3年間過ごした後、再び”故郷(?!)”オーストラリアの猛獣ひしめく大自然にひとり放り出されたのだった。

ガンバレ、娘よ!
オレも頑張る!!


# by lateblooming | 2018-07-08 14:16 | 日本で再び転職 | Comments(0)

ビザは水物

海外で働くためには「ビジネスビザ」が必要だ。
そして、このビザの取得は結構やっかいなテーマである。
働く国によっても違うが、ビザの取得条件や難度は、その国の経済状況や雇用環境や移民政策によって比較的コロコロ変わる。つまり、ビザについては、先の見通しが立ちにくい”水物”であると言える。

大きな見方をすると、経済発展過程にある国々は先進国からの「頭脳」の流入はウェルカムなので、ビジネスビザも比較的取りやすい。その反対に、先進国などの国内市場も成熟して経済も大きな伸びがない国々では、自国民の失業率が高止まりして
いるような場合が多く、自国民から”仕事を奪う”外国人はノーサンキューとなり、ビザの取得も厳しくなる。

自分が働こうとしているオーストラリアのここ近年の状況は、正に後者であり、最近では、ビザが取得出来る職種や業務内容に対する制限が厳しくなったり、更新がしにくくなったりしている。英語試験(IELTS)のスコアが必須になったのもつい最近のことだ。

そして、こうなってくると、何が問題かというと、「本当に予定通り、その国で働けるのか?」「働けるとして、ビザはいつ取得できるのか?」というのが見えにくいことである。簡単に言えば、

『いつから行けるの?!』

という家族からの質問に対しても、確信をもって答えられない状況になるということ。
これが、子供がいる家族、特に子供が中学生や高校生だとすると進路や受験にも影響してくるので、ヒジョーに頭の痛い「家族会議」の最重要議題となる。

そのようなビジネスビザ取得に関する取り組みについて、私自身は、

「自分ではどうにもコントロールできないこと80%、自分でなんとかなるかもしれないこと20%。」

くらいに割り切り、そして、自分で多少コントロールできる可能性がある20%にベストを尽くすという気持ちで取り組むようにしている。
ベストを尽くせる部分には、必要とされる英語試験の準備をしたり、社内での赴任時期の交渉や調整したり、ビザ申請書類の素早く正確に準備することはもちろん、その時の状況やその先の見通しについての自分なりの考えを家族や自分の大切な人たちと共有して話し合ったりすることも含まれると思う。

ちなみに、私が赴任予定のシドニー拠点は、現地に既に会社はあるものの、前任者の日本人はおらず、ビザの取得についても以下の3段階のプロセスが必要であった。

1.まず初めに、現地会社として外国人(日本人)を採用するための申請と承認が必要。
2.次に、外国人を採用してOKとなった後に、どんな職種のどういったポジションの外国人を雇うかという申請と承認が必要。
3.そして、上記のステップを経て、ようやく最後に、そのポジションにノミネートされる外国人(私)が相応しい人物であるか書類審査の上、承認されることが必要。

このような長いプロセスであるため、「いつから行けるか」を予想するのはなかなか難しかった。

その状況の中、娘は高校2年~3年生の頃だったので、大学の進路を考える時期であった。
『日本の大学を目指すのか、オーストラリアの大学を目指すのか?』

ついでに、もう一人、“大きな学生”(ワタシ)は、2年間の大学院(夜間MBAコース)の1年目。
『シドニーで早く仕事したいが、せっかく入った大学院もできれば卒業したい。。』

正直、シドニー行きのタイミングが早すぎても色々と不都合な面があったが、やはりそれ以上に、ビザの取得が遅くなったり取得出来なかったりした場合には、仕事的にも致命的なダメージにつながるため、基本的には出来るだけ早くビザが取得できるよう、時には難しい微調整をしながら、申請のプロセスを進めていった。


そうして、最終的には、ビザの申請を開始してから約半年かかって、無事にオーストラリアのビジネスビザが取得できた。


# by lateblooming | 2018-07-01 15:02 | 日本で再び転職 | Comments(0)

自分の本当の力と自分自身が『大体このくらいだろう』と思っている認識との間にはギャップがあることがある。
私の場合、初めて受けた英語試験IELTSのスピーキングテストがそれだった。

ちなみに、私が受けたIELTSの「ジェネラル・トレーニング・モジュール」試験は、1日で全てのテストを行うバージョンと2日に分けて受けるバージョンと選ぶことができる。
私の場合は、初めての試験でヘロヘロになることが容易に想像できたので、集中力の持続を考えて「2日バージョン」を選択した。
1日目は、リスニング(40分)、リーディング(60分)、ライティング(60分)。
2日目は、スピーキングテストのみ(試験自体は15分程度)。

おそらく1日バージョンがあるのは、遠方からの受験者への配慮もあってのことかと思う。
というのも、IELTSの試験は、日本全国で15ヶ所の会場(札幌、仙台、埼玉、東京、横浜、松本、金沢、名古屋、京都、大阪、神戸、岡山、広島、福岡、熊本)でしか受けることが出来ない為、住まいの近くに会場がない場合は「試験小旅行」が必要になる。多少キツくても1日にぎゅっと詰め込みたいと考えるのも当然だ。

そして、2日目のスピーキングテスト当日。
厳重な受付チェックは初日同様。

IELTS試験自体が初めてなので、当然スピーキングテストも初めて。
それどころか、他の英語試験でも(英検やTOEFLにもスピーキングテストはあるが)スピーキングテストは完全に初めてな上、これから受けるのは「試験官と1対1の対面試験」ということで、ちょっとドキドキだ。
やはり、試験官と“サシでの勝負”となるだけに、相手がどんな人物であるかは気になる。それも、当日の試験官は複数名いるのでなおさらだ。
特に、スピーキングテストの待合室では、自分より前の番号の受験者が迎えにきたそれぞれ違う担当試験官に別室に連れて行かれるのを目の当たりにするので、『あの若い男性の試験官はなんか優しそうで、話がしやすそうだなあ。』とか『あのおじさん試験官は気難しそうで緊張しそうだ。』とか、つい思わずにはいられない。
さらには、“試験官によって、採点変わらないの~?”とか、一番余計なことまで考えてしまいそうになるので、必死に邪念を払う必要がある。

私の試験官は、“英国紳士風”の年配の男性だった。

スピーキング試験は、軽い挨拶から始まり、次に試験官の短い質問に答えていく。
そして、一番の山場は、与えられた「お題」について自分の考えを述べるところ。
自分には「身近なテクノロジー」についてのお題で、個人的には比較的話しやすいテーマだったこともあり、結構、調子に乗ってしゃべった。
試験官も、ニコニコして、ワタシの話を楽しんで聞いてくれていたように感じた。
スピーキング試験が終わった時、自分としては、思っていた以上に英語が口から出てきたので、感触は悪くなかった。

『少なくとも、筆記テストよりはスピーキングの方が良かったに違いない。』

と。そして、その自己認識が間違っていたことは、しばらくして試験結果が返ってきて知ることになる。

オーストラリアのビジネスビザ申請に求められるIELTS試験のスコアは「5.0」。
そして、試験結果は、、
総合スコアは「6.0」。無事に一発でクリア!

ただし、自分自身が気になったのは、スコアの内訳。

リスニング:6.0
リーディング:6.0
ライティング:6.0
スピーキング:5.5

なんと、スピーキングが予想に反して一番デキが悪いではないか!!
確かに、スピーキングの採点基準として、「正しい文法で話しているか」はもちろん、「色々な言い回しが使えるか」も重要視されるとは聞いていた。
それが、自分が思っている以上に出来ていないという現実を突きつけられることになった。

『これは、自分の実力と自分が思っているレベルにギャップがあるということではないか?!』

そんなコトバが頭に浮かんだ。

こういう感覚は、もしかしたら、子供の運動会でお父さんがリレーで足が絡まって転倒してしまった時と同じかもしれない。
自分の頭(イメージ)と身体(実際の能力)にギャップができてしまっているのだ。
重要なのは、それに気づいた時の次のアクションだろう。例えば、

1.転んだのは、履いていたシューズやグランドが悪かったせいにする。(コレは避けたい。)
2.イメージの方を、実際の(衰えたか不十分な)能力に合わせる。(大抵はこっちだろう。比較的楽だから。)
3.実力を(もう一度)引き上げる。(コレが出来たら素晴らしいが、一番キツイのは間違いない。)
4.しばらく、忘れたフリをして放っておく。(現実逃避作戦)

そしてワタシは、恥ずかしながら、その「気づき」にとりあえずフタをしてしまった(苦笑)“糠漬け”のように。

もちろん、その“糠漬け”状態にした「現実に対する気づき」は、いつか取り出さなければならないのは分かっていた。
しかし、そのときが来るのは、その後、しばらく経ってからになる。


とりあえず、当初の目標であるIELTSの必要スコアはクリアできたので、次は、オーストラリアのビジネスビザ取得に向けた申請へ。



# by lateblooming | 2018-06-24 16:26 | 日本で再び転職 | Comments(0)