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オンライン面接にご用心

今回の仕事探しでは、初めて「外資系企業」への転職を目指すということも、大きなチャレンジの一つであった。
ちなみに、決して「外資系」ありきというワケではなく、自分が次にやりたい仕事を出来る場(会社)を考えたとき、その選択肢が「外資系」だったのだ。

こうして、「3ヶ月以内の職探し」の目標に加えて、“はじめての外資系転職”も一大テーマとなった。
そうなると、当たり前ではあるが、「応募書類の準備」も「採用面接」も『英語』でやることになる。

まず、応募書類の準備については、私の場合は、これはそれ程大きな負担にはならなかった。
その理由は、シドニー赴任の「ビジネスビザ取得申請」の際に、英文の職務経歴書を提出する必要があったことや、以前に少し「外資系企業への転職」を意識していた時期があったこともあり、ある程度『たたき台』が手元にあったからである。
ちなみに、全く初めて準備をした時や、今回書類をアップデートする際には、ネット上に多くの「英文履歴書(Resume)」の『雛型/テンプレート(Template)』が存在しているので、大いに活用した。もちろん、時間はかかるので結構タイヘンだ。

そして、チャレンジングなのが、やはり英語での採用面接である。
これは、誰もが想像する通り、なかなかハードルは高い。
そして、今回思い知ったのが、ただでさえ日本人にとっては簡単ではない英語の採用面接を「オンライン面接」でやる場合の困難さだ。
実際にシンガポールにある企業と、初めて「オンライン面接」を経験したが、これが予想以上に難しかった!

私自身が感じたオンライン面接の難しいポイントは主に以下の通り。

1.恐怖の画面フリーズ!
今の時代、家庭でのインターネット通信速度も速くなり、オンラインの無料通話も非常に身近な存在であることは言うまでもない。
そういった技術改善の恩恵で、転職活動においても、わざわざ遠くまで足を運ぶことなく”顔を見て面談”できる「オンライン面接」を使えることのメリットは大きい。それにより、住む場所に関わらず、海外に拠点のある企業とも面談が可能だ。
それでも!特に海外との通信においては、100%スムーズなオンライン動画通話が出来るとは限らない。
そして、これは、こと「面接」という一語一句が非常に重要となるコミュニケーションの場合は、死活問題となる。

実際、自分自身がシンガポールの企業とオンライン面接をやったときに、何度か「数秒間レベルでフリーズ」することがあった。
基本的に、英語のリスニングは得意でないと自覚していながら、オンラインで音声がクリアでなく英語が聞き取りにくい状況は、かなり困難な面接環境である。それに加えて、時折、短いフリーズで「音が途切れる」というのは非常に厳しい。
もちろん、『ちょっと聞き取りにくかったので、もう一度お願いします。』とは言える。ただし、それによって、スムーズな会話が妨げられ、場合によっては、「英語のコミュニケーションに問題あり」と判断される可能性が高く、面接中に何度も言いたくはない。

2.目を見て話せない?!
子供の頃から、『目を見て話しなさい。』とは、度々言われてきた。もちろん、面接でもそうしたい。
だがしかし!オンラインで「目を見て話す」ということがヒジョーに難しいことを痛感した。
考えてみるとすぐ理解できると思うが、一生懸命に「画面に映る相手の目を見て」話すとき、相手側の画面に映る「自分の顔は下の方を向いている」ことになるのだ。そう。『(PCの上の方についている)カメラ目線』で話さないと、真っすぐ相手を見ているようには映らないということ。
そして、それが分かったからといって、それだけでは済まないのが困ったところ。カメラを真っすぐ見ると画面上の相手の表情や反応があまり見えず、画面上の相手の顔を見すぎると視線が下に反れるというジレンマに陥るのである。

私がこの事実に気が付いたのは、今回、初めてオンライン面接を終えた後だった。正直、『しまった』と思った。

3.気持ちが伝わらない!?
いかに技術が発達しようとも、お互いに画面上の動画を通してのコミュニケーションでは、伝わる情報も得られる情報も非常に限定的である。
特に、相手の面接試験官が数人いた場合は特にそうだ。直接会って行う通常の面接であれば、質問している試験官の方をしっかり向いて答えられるし、反応の良い試験官に対して強く気持ちを伝えようとすることも出来るが、オンライン面接だとなかなかそうはいかない。

私の場合も、相手は3人であった。動画の画像もやや粗く、どの人にどのように強く訴えようかということが最後まで見極めにくかった。
ホントに「手応え」が掴めなかった。


以上のポイントに苦戦したせいもあってか、結局、この企業からは、その後何の連絡もなかった。

この経験から学んだことは、本当に勝負どころの面接は、出来るだけ「オンライン」を避けて「直接会って」やるべきということだった。


# by lateblooming | 2019-07-21 16:54 | シドニーで大きなチャレンジ | Comments(0)

必ず「味方」はいる

勤め先から『仕事がなくなる』と宣告されたとき、誰だって、そんなことを喜んでヒトに話したいとは思わないだろう。
ワタシだってそうだ。出来ることなら、誰にも知られないうちに新しい仕事を決めて、しれっとしていたい。

しかし、今回はそうはしなかった。いや、そうせざるを得なかったというのが正しいかもしれない。
海外で家族と生活し娘も大学に通っている中で、3ヶ月後には「無収入」になるというピンチの大きが、自分の小さなプライドを上回っていたから。
それに、自分のやりたい仕事を出来るように、とにかく頑張ってみるという覚悟も決めていた。
だから、周りの人たちにも頼った。

シドニーで以前に一緒に働いていて今は競合他社で働いているオージーの知人数人に、採用してもらえる可能性がないか人事部に確認してもらえるよう頼んだり、シドニーでお付き合いのある日本人数人に、応募のチャンスはないかと確認してもらったり、日本にいる知人に自分が行きたいと思う会社のコンタクト先を知っていないか訊いてみたりした。
もちろん、自分が置かれている状況について説明した上で。

そして、自分が思っていた以上に、周りには力を貸してくれる人たちがいるのだということを知った。
頼んだほとんどの人たちが、快く確認することを引き受けてくれた。
窮地に陥ってとても不安になっているとき、「人の優しさ」は涙がちょちょ切れるほど胸にしみる。

その一方で、あまり気持ちの良くない接し方をしてくる人たちも、当然ながらいる。
どこかで私の苦しい状況を耳にした知人の何人かは、興味津々で『どうしたの?何があったの??』と訊いてきた。
「他人の不幸は蜜の味」とはよく言ったもので、ただ状況を知りたいだけだったり、それをネタに周りのヒトにも話したいと思う人は必ずいる。
これまで親しい仲間のように見えていたヒトからそういった態度をされると、とても悲しい気持ちになる。
実際に私の場合は、知人の一人に事情を簡単に話した後日、その知人の奥様の方からうちの奥さんに対して『旦那さん、どうしたの?!』と明らかに興味本位の連絡が入ったことがあった。対応に困惑する奥さんに対しては、ホントに申し訳ない気持ちになった。

このように、苦しい時に周りの人たちに頼ることで、良い面も悪い面も含めて、普段見えていなかったことが見えてくるのは、とても貴重な経験である。

私の場合、最終的には、日本にいる知人が、一番行きたいと思っていた会社のキーパーソンのコンタクト先を教えてくれ、それを頼りにアプローチをして、なんとか採用までたどり着いた。
その方は、私が知りたかった会社のことだけでなく、「私が興味を持ちそうな他の会社」の情報も幾つか教えてくれていた。感謝しても感謝し足りない。

苦しい時は他人に頼ったっていい。「味方」になってくれる人が必ずいるから。

今は確信を持ってそう言える。


”空がもっとも暗いとき、いちばん明るい星が見える。”(チャード・ポール・エヴァンズ/作家・アメリカ)




# by lateblooming | 2019-07-14 09:20 | シドニーで大きなチャレンジ | Comments(0)

覚悟を決めるとは

身近な人からのアドバイスで、自分では見えていなかったコトを気づかされることがある。
時には、そのアドバイスのおかげで、新しい世界が開けることもある。

今回の新しい仕事探しにおいて、そういった場面があった。

3ヶ月後にはオーストラリアのビジネスビザが切られて無収入の状態になるというプレッシャーの中、新しい仕事を探している間も、毎週土曜日の英語レッスンは休まず通っていた。
相変わらず、前日の夜は徹夜で宿題をやってから臨む3時間の個人レッスンであったが、少し変わったことと言えば、レッスンの前半30分以上は英語の先生への”仕事探しの近況報告会”みたいになっていた。

新しい仕事を探し始めた頃、ともかく、何かしらの仕事を見つけるのが大先決だと考えていた。
だから、転職エージェントから送られてくる応募機会の中から、少しでも関心が持て、これまでの経験が多少でも活かせそうなところに、ともかく応募してみようとしていた。
最初に応募しようとしたこところは、これまでの仕事とは畑の違う「ゲーム開発者専門の人材会社」だった。
そのことを、英語の先生に伝えると、先生から強烈な言葉が返ってきた。

『あなたは、覚悟が足りない!』

『あなたが一番やりたい仕事で、長い経験がある仕事は”カジノ”関係の仕事じゃないの?!』

私は、”覚悟が足りない”と言われ、正直カチンときた。
家族を養っていくためには、収入を得ることが何より大事だから、自分のやりたい仕事がどうとか言うよりも、ともかく仕事を見つけるという”覚悟”を自分なりにしたからこそであると先生に言った。

それに対する先生の言葉が、更に力強く、重かった。

『ここで自分のやりたい仕事から離れたら、あなたは一生後悔する。』


その日の授業の後、先生の言葉の意味を自分なりに考えてみた。
自分では”覚悟”だと思っていた『家族を養うために何でもいいから』は、もしかしたら、本当のやりたいことを諦めたときの”言い訳”だったのかしれないと。

本当にやりたい仕事は、10年以上、いや、かれこれ約15年追いかけていた「カジノ/統合型リゾート(IR)」関係の仕事であることは間違いなかった。

奥さんにその思いを伝えると、条件付きでOKしてくれた。

『いいけど、3ヶ月以内ね。』と。

こうして、限られた時間の中で、チャンスは限られているが、その可能性を追求することにした。
3ヶ月間は、自分の本当にやりたい「カジノ/統合型リゾート(IR)」関係の仕事だけに絞って探し、それでダメなら、きっぱり諦めて他の仕事を探すという覚悟を決めた。

おそらく、この「覚悟」が、最終的に一番やりたい仕事が出来る機会を引き寄せた、大きな一歩だったと思う。



# by lateblooming | 2019-06-30 13:32 | シドニーで大きなチャレンジ | Comments(0)

想定外の出来事に遭遇したら、まず最初に何をするか?!
人生における想定外の出来事とは、大海を航海中に遭遇する「嵐」のようなものかもしれない。
そんな事態に見舞われたら、行く先が見通せなくなり、当然ながら慌てるだろう。

私にとって、ある日突然会社から、「自分の仕事がなくなる」と宣告された事態は、想定外の出来事であり、まさに「嵐」だった。

どうすればいい??!!

私の場合、その時に頭に浮かんだのが、少し前に読んだ「ひとつの記事」だった。
それは、ハーバードビジネスレビューに掲載されていた、ピーター・ブレグマンの「不測の事態を切り抜ける、3つのステップ」という記事で、そこには、筆者の友人が海でセーリング中嵐に遭遇した際の行動を例に、不測の事態が起きたときの大事なポイントが書かれていた。
記憶に残っていた自分なりの理解は、以下のようなものだった。

嵐に遭ったら、
1.まずは船を停めて船員と話し合う
2.現実的な方向性を定める
3.そして、突き進む!


自分の状況を当てはめて動くことにした。

まず、一人でやみくもに行動する前に、錨を下ろして”船員”に事態を伝え、話し合おうと考えた。
自分が船の”船長”だとしたら、”船員”とは、やはりシドニーで「一緒に生活する家族」、つまり奥さんと娘だった。
そして、すぐに”副船長”である奥さんに要点と話をしたいとメッセージを送った。
考えてみれば、その時、奥さんは仕事中だったので、メッセージだけで「嵐」の一報を受け取るのはたまったものではなかっただろう。
実際、待合せの場所であるシティのハイドパークに向かってくる奥さんの顔は、数百メートル手前から青ざめて真っ白なのが分かった。
さすがの私も、その時ばかりは、いつも半分本気で半分冗談で言っている”我が家はスリルとサスペンスがテーマでしょ~”という軽口は叩けなかった。
状況について詳細を正確に説明し、今後取り得る限られた幾つかの選択肢についてふたりで話し合った。

そして、「シドニーで生活を続けられる3ヶ月以内に、何が何でも次の仕事を決めるために本気で頑張るしかない。」という方向性が決まった。

公園のベンチから腰を上げて、最後に一言絞り出した。

『オレ、ピンチには結構強いから。。』

奥さんを安心させたい気持ちと、自分自身に言い聞かせたいという気持ちからだったと思う。

奥さんからは、

『これまでで最大級(のピンチ)だよ。。』

と。

その夜家に帰ると、もう一人の”船員”である娘にも話をした。
シドニーで通う大学の卒業まであと1年を残す娘は、驚きと不安の表情を見せた。

私からは、

『絶対に、シドニーで大学を卒業させてあげるから心配しなくていい。父さんも頑張るから、ともかく勉強を頑張りなさい。』

と伝えた。

後で奥さんから、その夜、娘が部屋の隅で膝を抱えて丸まっていたと知らされたときは、胸が痛んだ。

それでも、数日後には、娘が日本のあるバラエティ番組の動画を観ながら、ケラケラ笑っているのを見た時には、とてもホッとした。
正直、”コアラな娘”だけあって、鈍感なのか気持ちが強いのかはイマひとつ分からないが、少なくともオーストラリアで逞しく育ったものだと実感した瞬間でもあった。


こうして、家族との話し合いを終え、大きな方向性が定まり、「嵐の海」を進みはじめた。


# by lateblooming | 2019-06-22 16:19 | シドニーで大きなチャレンジ | Comments(0)

ヒトは誰でも、人生において何度か「難しい問題」や「大きなピンチ」にぶち当たることがある。
私自身も、シドニーで生活する中で、そんなピンチに見舞われた。

家族と自分にとって2度目のシドニー生活は、主に仕事の部分で、そもそもチャレンジングなスタートであった。
それまで大きく悪化していたオーストラリアでの事業を「立て直す」か「クローズする」かの瀬戸際で、日本人の誰もいないシドニーの販売拠点に赴任した。
それでも、2年後には、なんとか現地のビジネスを改善軌道に乗せることが出来た。実際、売上は赴任当初の約3倍にまで改善することができていた。更に、その年には、現地拠点のDirectorの一人になり、大きな組織ではないがその拠点の中では、現地のオージーのトップに次ぐナンバー2的なポジションで仕事を続けていた。
その頃、一緒に来ていた家族も、娘は現地の大学があと1年以上残っていて、奥さんもPart Timeの仕事をしていたので、まあしばらくは、”このままの生活が続けばいいかな”と思っていた。
ただし、この”今のままでいいや”と考えている時ほどキケンなことはないのは分かっていたはずなのだが。。

そして、『想定外のピンチ』が突然やってきた。

ある日の朝、現地のトップに呼ばれていくと、現地の日本人のポジションを無くすことに決めたとの通達があった。
つまり、自分のポジションが無くなるということだ。他のグループ会社への横移動や帰任の予定もなし。
オーストラリアでのビジネスビザのサポート期限も「あと90日」だという。
つまり、3ヶ月後には、「完全に仕事も給料も無くなるという状態」であるということだった。

考えてみれば、自分のいるオーストラリアのビジネスは好調に転じていたが、グループ全体では苦戦が続いていて、グローバル拠点の数ヶ所で、主要マネジメントメンバーが何人も退職していたり不穏な動きは感じていた。
それが自分の身にも降りかかってくるとは思いもよらなかった。いや、敢えてそのリスクから目を背けていただけかもしれない。
いずれにせよ、”あとの祭り”だ。

この「大きなピンチ」を迎え、そこから、シドニーでヒサンでクライ日々が続く。。。
とは書かない!!

一足飛びに結論から言うと、この後、3ヶ月を少し過ぎた頃、”幸運にも”、これまで10年以上追いかけていた仕事が出来る会社に転職することが出来たのだ!!!
まさに”ラッキー(Lucky)”である。

ただし、今回のこの「ラッキー」は、ただ寝て待っていて得たものではなく、色々考えて行動して「つかみ取ったラッキー」だとも思っている。

だから、今回のピンチをラッキーに変えることが出来た幾つかの「考え方」や「行動」は、もし次にまた『自分にピンチが訪れたとき』や、これを読んでくれている『あなたがピンチに見舞われたとき』に、何らかの役に立つのではないかと考えるので、これから数回に分けて少しここで書いておこうと思う。
(「英語」からは少し反れてしまうかもしれませんが、ご了承下さい。)

「ピンチ」は「ラッキー」に変えられます!!!


”難題とは、姿かたちを変えたチャンスである。”(By ヘンリー・J・カイザー/アメリカの実業家)







# by lateblooming | 2019-06-16 16:11 | シドニーで大きなチャレンジ | Comments(0)

洋書の読書をはじめて6冊目は、原作はフランス語で書かれた本の英訳版「The Reader on the 6.27」(Jean Paul Didierlaurent著)。

話の大筋は、大体以下の通り。
いつも会社に不満を持ちながら働く(フランス人)Guylain Vignollesの唯一の好きなことは、毎朝6時27分発の電車に乗車して本を読むこと。そんな彼が、ある日、電車の中で、若い素敵な女性が忘れていった日記を見つける。その日記を読んで、彼はその女性に恋心を抱いてしまう。果たして、その恋の行方は?!

正直、この洋書を読んでいくのは、私には結構キツかった。
まず何より、主人公の名前「Guylain」がなんと発音していいのかワカラン!(苦笑)
そして、主人公のいわゆる”オタク的”な人物像になかなか感情移入するのが難しい。
そもそも、「拾った女性の手帳の中を見て恋心を抱いてしまう」というのは、アリなのか!?

本を貸してくれた英語の先生は、

『私は、こういう繊細な人間が好きね。』

と言っていたので、私の英語読解力の無さのせいで、主人公の人間性の良さを読み取るまでに至れなかった感は否めない。

これは、原文がフランス語で書かれた本の英語訳だからなのか、英語の単語も難しいものが多かった気がする。

そういえば、以前にも、同じように苦戦した経験をしたことをふと思い出した。
それは、シンガポールで生活していた時に、映画館で一人『アメリ』を観たときのことだった。
そう、『アメリ』はフランス映画なので、「セリフはフランス語」。そして、「字幕は英語」だ!
当然ながら、その当時の私の英語力ではとても対応できるわけもなく、ただただ、とってもチャーミングなアメリ役のオドレイ・トトゥを目で追うだけだった。。

そんなワケで、個人的には、主人公に感情移入出来ないストーリーと原作フランス語の洋書は、ちょっと楽しむのが難しいな~と感じた一冊だった。

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# by lateblooming | 2019-06-02 13:20 | シドニーで新たな学び | Comments(0)

最近では、同性愛やLGBTをテーマにした日本のドラマなどを多く目にするようになった。
それでも、日本では、まだまだ実際にそういった人たちが生活するには、色々と苦労も多いことは想像に難くない。

一方で、他国からの移民が多く、また、既に同性同士の結婚も合法なオーストラリアという国は、「人種的な多様性」や「性的な多様性」を有しているという点で、海外から多くの人を惹きつけていると言える。

オーストラリアでも、自分自身が携わるゲーミング機器メーカーの業界では、特に開発や製造現場や営業を中心にまだまだ男性中心の業界であるが、他の業界、特に、航空会社やホテルなどのホスピタリティ業界、レストランやカフェなどの飲食業界、そして化粧品・アパレル業界などでは、LGBTと思われる人たちが自然体で働いている姿をよく見かける。

実際に、奥さんがシドニーにある人気の串焼き屋さんでPart Timeの仕事をするようになったのだが、その職場では、日本人はもちろん、インドネシア、韓国、香港からの若者たちと一緒に働いていて、その中には、LGBTの人たちも何人かいるとのことだった。
その職場では、ワーキングホリデー中の日本人の若者が多い中で、奥さんは”ちょっと年上”だったので、皆からは『姉さん』と呼ばれ、仕事以外にも”若者たちの人生相談”役で活躍しているようだった。
そんなこともあり、私も奥さんの親しくしている職場の人たちとも時々会う機会があった。
その中で、オーストラリア人男性と付き合っていたゲイの日本人男性SちゃんとAKB48好きのレズビアンの香港人女性Vちゃんとは、私も何度か一緒に飲んだりと親しくさせてもらった。
こういった事は、決して特別なことではないとは思うが、私自身は以前に一度「苦い経験」をした記憶が残っており、次はもっとうまくLGBTの人たちとも接することが出来たらと考えていた。(参考:以前のブログ記事「ロサンゼルスでの別れ」
だからこそ、自分にとっては、2度目のシドニー生活の中で、SちゃんとVちゃんと交友関係(Friendship)を持てたことは、とっても大事なAchievement(達成)なのである。

お互いの「価値観」を尊重することで、そこにはまた自分とは違う世界もあり、人間としての視野が広がった気がする。

こうして考えてみると、私の仕事を通して家族と一緒にシドニーやってきて、奥さんと娘に「世界を見る機会」を与えてあげられていると思っていたけれど、家族と一緒に海外で生活することで、むしろ自分の方が、これまで知らなかった”より広い世界”を見せてもらえているのかもしれない。


# by lateblooming | 2019-05-26 16:57 | 2度目のシドニー生活 | Comments(0)

Timbuktuという英単語を知っているだろうか?
読み方は「ティンブクトゥ」、なんとなくブンブクチャガマみたいな感じだ。
学校で習う英語や試験の英語でも目にした記憶はないのだが、まだ数少ない洋書を読んでいる中では少なくとも数回は目にした単語。

それで、その意味はというと、

Timbuktu:ティンブクトゥ(アフリカ西部、マリ中部、ニジェール川付近の町の名前:12-15世紀には文化と通商の中心地であった

そんな場所、行ったことないし、知るかー!!

と、言いたくなるのはもっとも。実は、そういった場所であるということから、もう一つの意味があるのだ。
その意味というのが、

Timbuktu:遠隔地、僻地(へきち)

だから、次のように使うことができる(辞書の例文より)

from here to Timbuktu:ここからずっと遠い所へ(まで)

面白くないですか?!

更にもう一段、”ずっと遠い所”という意味から、”あの世の世界”を暗に意味することもある。

これは、知っていると知らないでは、読んでいて全然違うニュアンスになるから、知っててお得な英単語ではないだろうか。

そんなワケなので、

あの世の世界は”Timbuktu(ティンブクトゥ)”なのである。



# by lateblooming | 2019-05-11 16:19 | シドニーで新たな学び | Comments(0)

メールなどで、ある外国人男性の名前(ファーストネーム)が「Stephen」であると知ったとする。
そして、ある日、その彼と直接会う機会があった場合、彼の名を呼ぶことになる。

『ハイ、ステファン!』と。。

しかし、ここで注意が必要だ!
正しくは、

『ハイ、スティーブン!』と呼ぶのが正解(正しい発音)なのである!

まどろっこしい書き方になってしまったが、言いたいことは、

男性名であるStephenは、(日本人的にはなんとなくステファンと言ってしまいそうだが)「スティーブン(Steven)」と発音するのが正解なのである。
ややこしいが、(「本気」と書いて)マジである。

ちなみに、冒頭のシチュエーションは、実は、私自身のシドニーでのほぼ実体験に基づく。
社外弁護士の名前がStephenであった。
ある日、その彼がオフィスにやって来た時、自分の中では”ステファン”であるはずの人物が、現地のオージースタッフたちからは、「スティーブン(Steven)」ないしはその愛称形の「スティーブ(Steve)」と呼ばれているではないか!これは、正直混乱した。
更に紛らわしいことに、社内には別のスティーブもいて、こっちの方は、普段からスペルもちゃんと「Steve」だったりするから、もう混乱の”スティーブ祭り”だ。

少し後に、英語の先生にその話をしたら、
『あら、知らなかったの?!やーね~』
と一蹴されるくらい、ある意味常識的なことだったと知った。

私同様に知らなかった方は、(発音記号をここで打ち込めないので)ぜひ、辞書でStephenと引いて、発音記号を見て欲しい。
読み方は”スティーブン”となっているのが分かるはずである。(ちなみに、私の電子辞書には、ご丁寧に『発音注意』というただし書きまである!)

最後に、こういった実際の英語のコミュニケーションでは結構大事なことが、当たり前ではあるが、英語の試験勉強だけではなかなかカバー出来ないと気付くことがある。
そして、それは同時に、「実践の場」に身を置くことの価値を実感する瞬間でもある。


# by lateblooming | 2019-05-06 13:20 | シドニーで新たな学び | Comments(0)

ヘッドロックでDeadlock

“いい国(1192)つくろう鎌倉幕府”
”水兵リーベ僕の船(H/水素、He/ヘリウム、Li/リチウム、Be/ベリリウム、B/ホウ素、C/炭素、N/窒素、O/酸素、F/フッ素、Ne/ネオン)”
我々は、これまでも、何かを覚えるときに「語呂合わせ」に頼ってきた。
それなら、英単語を覚えるときも、「語呂合わせに」に頼ってもいいではないか!いや、それどころか、正直言って、全部それで覚えたいくららいだ。

だから、時々、知らない単語の意味を知ったとき、自分の中で語呂合わせっぽいいいフレーズが見つかると、とても嬉しかったりする。

私の中では、その代表例が、Deadlock。
あえてカタカナ読みをすれば、デッドロック。
これを聞いたとき、あのプロレス技の「ヘッドロック」が思い浮かんだ。
別に私はプロレス通ではないのだが、ヘッドロックはプロレス技のひとつで、脇に相手の頭をはさんで締め付けるやつだ。
体験としての記憶は、小学生時代に友達とふざけてやり合ったりしたものだ。
そう、ヘッドロックをされると、相手は”身動きできなくなる”。

そして、Deadlockの意味は、(名詞)行き詰まり(動詞)行き詰まる(=対立する双方の力が拮抗して身動きできなくなる)である。
つまり、”ヘッドロックでデッドロック(Deadlock):ヘッドロックで身動きできなくなる”だ。
まさに、ヘッドロックをかけられているイメージではないか!?

ちなみに、完全に私の個人的な記憶だが、幼稚園児の時に、数歳年上の姉と家でじゃれあって遊んでいるときに、ふとしたタイミングで姉に右腕を見事にキメられて、ポキンと骨折したことがあった。骨折をしたのは、後にも先にもあの時だけだった。
なぜか、そんな幼少時の骨折体験まで思い出してしまったので、より強く記憶に残る英単語となった。

まあ、ワタシの骨折体験はともかくとして、

何かを記憶するとき、「イメージ」と「体験」が合わさったときは、覚えやすいし、忘れにくい。
英単語だって同じことだと思う。だから、「語呂合わせ」だってバカにできないはずだ。

また何か面白いフレーズが思い浮かんだときは、ご紹介したい。



# by lateblooming | 2019-05-05 10:48 | シドニーで新たな学び | Comments(0)

今の時代、どんな仕事もどんどん「グローバル」になってきており、英語に対して、小島よしお氏ばりに“そんなの関係ねぇ!”と確信を持って言えるケースは少なくなっていると思われる。

会社でも以下のようなシーンが増えているはずである。

「今度、海外市場向けのプロジェクトを担当することになった。」
「最近、海外の自社拠点や取引先とメールのやり取りが増えた。」
「今年、外国人のスタッフが入社してきた。」
「これから、昇進のためにはTOEICのスコアが必要らしい。」
「突然、海外赴任の内示があった!」などなど。

そして、"英語は必要になったら頑張ろう”と思っていると、予想以上に苦労することになる。
英語の習得には時間がかかるから。

自分の場合も、仕事の責任が増して英語の要求レベルが一気に上がった経験をシドニーですることになった。

シドニーに赴任して、撤退するかどうかの瀬戸際だった現地のビジネスをなんとか無事に立て直して、上昇軌道に乗ったころ、現地の販売拠点のDirector(取締役)の一人になることになった。
正直、別に権限が増えたわけでも、大してエラくなったわけではないのだが、「社会的責任」は間違いなく増した。
(オーストラリアで)Directorになるということは、その会社に何か問題があったときに、社会的な責任を負うのはDirectorである。
特にその責任を感じるのは以下の2つの業務。

1.英語の契約書にサイン
会社レベルの大きな契約書には会社のDirector(取締役)のサインが必要。
契約書は当然英語で書かれており、何か問題があった後に、『意味がよく分かりませんでした』なんて言い訳が通用するはずがない。
Directorになったばかりの時に、数十億円の契約書にサインをしたときは、さすがにちとビビった。

2.英語の財務諸表にサイン
現地会社の決算書類(Financial Report/財務諸表)にもDirectorのサインが必要。
これも、決算書類(PL、BS、CF)を英語で読めないといけない。
万が一にも、決算数値に間違いなどがあることが後で発覚した場合には、それこそ「粉飾決算」の責任を問われることになるから、細心の注意が必要だ。

言うまでもなく、こういった業務上の責任が増えてから、それに見合う英語力を急いで身につけましょうでは、やはり手遅れである。

何事も、少し先の「目標」や「可能性」をイメージして、準備をしていくことを大切にしたい。



# by lateblooming | 2019-04-30 11:27 | シドニーで新たな学び | Comments(0)

読んでみたい本が原作となっている映画があると、時々考えてしまうことがある。
『本を読んでから映画を観るのがいいか?映画を観てから本を読むのがいいか?』と。

結論から言ってしまえば、「どっちからでもいいから、お好きなように。」ということになるのだが、どちらが先かで、作品の楽しみ方や印象も随分変わってしまうのも真実。

私の場合、

【原作の本を(日本語で)読んでから映画を観る場合】

原作がとても面白くて、思い入れが強ければ強いほど、映画化したときの実際のキャスティングと、自分の頭の中のキャスティングのギャップや違和感にがっかりしたりする。
そして、当たり前だが、一冊の本を2時間程度の映像に凝縮するとなると、原作で好きだったシーンがカットされていて、物足りなさを感じたりもする。
困ったことに、こういったちょっと残念な結果は、映画を観る前からある程度想定できてしまうことも多く、単なる「残念な答え合わせ」みたいな映画鑑賞になってしまうと本当にザンネンだ。

【映画を観てから原作を(日本語で)読む場合】

多くの場合決定的な問題は、(特に私の好きなカテゴリーである)サスペンス系のストーリーでは、映画を観て結末を知ってしまっているので、本で読むモチベーションが失われてしまうということ。
分かっている結末に向かって、何日かかけて本を読み進めていく気持ちになかなかなりにくい。


ところが、原作を日本語ではなく、英語で読むとなると、ちょっと違う楽しみ方ができそうだと感じた。

【原作の本を英語で読んでから映画を観る場合】

まず基本的に、英語で本を読む場合、完璧に内容を理解することは難しい。
私の場合は確信を持って言える。『(英語で読んでいて)かなり分からない部分がある』と。
となると、映画を観た時に、原作を読んだときには十分に理解できていなかった部分や情景が上手く掴めていなかった部分を、映像として確認できる。
新鮮な発見を楽しめそうだ。

【映画を観てから原作の本を英語で読む場合】

映画でストーリーが分かっていることは、ゼロから原作の英文を読むよりも、きっと少ないストレスで読めるだろう。
既に情景が分かっているから、英語での表現を見て、『ああ、こういう英語の書き方をするんだ。』と知ることもできそうだ。

こうやって考えると、「洋書を読むこと」と「洋画を観ること」は、とても相性が良さそうだ。

そうと分かれば、早速、自分でも試してみよう!

実は、前回このブログで紹介した洋書「A MAN CALLED OVE」(愛すべき不器用な男~洋書の読書を楽しむ・5冊目~)は、映画化されており、邦題『幸せなひとりぼっち』として、日本語字幕でも楽しめるのである。
ただ、原作で感動した分、映画を観るのをしばらく躊躇してしまっていた。

ちなみに、この映画、本国スウェーデンでは、”国民の5人に1人が観た”とも言われている、大ヒット映画らしい。
そして、今は、映画も観てみようかなと思っている。

この作品、『洋書はちょっと。。』と思う方も、映画の方からどうでしょうか!?


<『幸せなひとりぼっち』(予告編)動画>



# by lateblooming | 2019-04-28 13:05 | シドニーで新たな学び | Comments(0)

どちらかと言うと、人付き合いがあまり上手くなく、話下手で、場合によってはちょっと近寄りがたい雰囲気だが、実際に時間をかけて付き合ってみるととても人間味のあって素敵な人だった、というようなヒトが、きっと身近なところにいるはずである。
英語の先生に勧められて読んだ5冊目の洋書は、まさにそんな男の話であった。

スウェーデンのベストセラー小説で、タイトルは『A MAN CALLED OVE』(フレドリック・バックマン著)。私が読んだのは、スウェーデン語の原作を英語訳したものだ。

大まかな話の筋は、以下のような感じ。
不愛想で頑固な59歳の男性・名前はオーヴェ(OVE)が主人公で、愛する妻に先立たれ、長年勤めていた仕事も辞めることになり、生きる気力を失い、孤独に生きている。そして、自分も死のうと決心して、色々な方法で自殺を試みるものの、その度に色々な”邪魔”が入りなかなか上手くいかない。
そんな生活を送る中、近所に引っ越してきたアジア人女性とその家族や一匹の野良猫などと、”やむを得ず”交流するハメになり、なんとなく身の回りが賑やかになっていく、、

読み始めてすぐに、オーヴェを「やっかいな奴」と思う。
読み進めていくと、オーヴェは、不器用ながら、骨太な男だと分かってくる。
そうすると、身近な似たような不器用な人物を思い出しながら読んでいることに気づいた。
それは、自分の親父のことだった。
数年前に亡くなった親父は、(私と違って)口数が少ない職人気質で、あまり社交的な方ではなかったが、非常に家族思いであった。
話の中で、オーヴェもそうだが、オーヴェの父親も職人系の武骨な男であり、幼少時の親子の生活などの描写もあったことがなおさら、自分の親父を思い出すことにも繋がった。
人生で初めて、英語の本を読んで泣いた。

もし、自分の身近なところに、不器用だけれど憎めないヒトがいたら、ぜひこの本を読んで欲しい。
きっと、そのヒトのことが、とても愛おしくなるはずだから。

この本は、そんな一冊である。

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# by lateblooming | 2019-04-21 12:36 | シドニーで新たな学び | Comments(0)

コアラな娘の大学生活

学生時代に海外留学経験もなく、大学を卒業するまで外国に行ったこともなかった私にとっては、シドニーで大学に通う娘の生活自体も大変興味深いものだった。

私の見るところ、コアラな娘の生態はだいたい以下のような感じ。

1.学校生活
シドニーの大学で建築系(The University of Sydney, Architechture and Environments)の勉強をしている娘、やはり勉強はなかなかハードそうである。
学期中は日々課題の対応に必死で、家でも夜遅くまで部屋の明かりがついていることが多い。また、チームでの課題も多いため学校でチームのメンバーと共に徹夜して家に帰ってこないこともよくある。ときには、『今日も学校で徹夜になりそう。』と2-3日家に帰ってこないこともある。
そんなとき、父としては、どーしても気がかりなことがある。
『娘は替えのパンツは持っているのか?』と。
日本のように何でも何時でも買える便利なコンビニなどシドニーにはない。学校にシャワー施設があるわけでもないようだし、年頃の女性の頭の上をハエがぷーんと飛び回っていてはタイヘンだ。

だが、さすがに娘に直接は訊けないので、奥さんにつぶやく。
そして、奥さんと娘のLINEのやり取りは、大体以下のような感じ。

妻:”父ちゃんが替えのパンツはあるのかと心配しているよー”
娘:”(笑)”

と、結局、大丈夫なのかどうかは謎である。。

そういった気がかりな事はあるにせよ、学業に一生懸命取り組んでいることは確かである。
海外留学生としての学費は日本の私大理科系の3倍くらいと高額ではあるが、少なくとも自分の学生時代に比べて3倍くらいは多く勉強している様子は伝わってくるので、それだけの価値はあるかもなと感じている。

2.アルバイト
学校が忙しい為、週末くらいしかバイトはしていないが、以前は独立系のハンバーガー屋、今はバーでアルバイトをしている。
オーストラリアではお酒を提供する仕事に就く場合は、事前にテストを受けて「アルコール提供のライセンス」を持っていないといけない。そして、ほとんどのパブやバーには、屈強(そう)なセキュリティの男性が立っており、身分証明書で(法的にお酒の飲める)18歳以上であるかを必ずチェックし、大人であっても、酔っぱらった客は入場させないなど、かなりしっかりしている。
そういったしっかりした管理に加えて、家から徒歩2-3分の安全な場所にあるバーだったので、娘が夜遅くまで働くことにはほとんど抵抗はなかった。
それでも、ある日、バイトから帰ってきた翌日に娘が、
『昨日は、セキュリティの人がズボンがボロボロに破れてて血が出てたから、どうしたの?って訊いたら、お客と”ファイト”したって言ってた。』
と、事もなげに言っている姿をみて、なかなか逞しく成長しているではないかと、内心ちょっと感心してしまった。

そして、驚くべきは、時給の高さ!
娘のバーでの時給は、26豪ドル!!最近は円高とはいえ、それでも時給2,000円以上とはスゴイ。(1豪ドル=約80円)
多分、娘のバイト収入は、ワタシのお小遣いよりも多い気がする(苦笑)
実際、娘はバイト収入は好きなファッションに費やしているようで、高いものではないが、『いったい、娘の足は何本あるんだ?!』というくらい、彼女の靴が増えているのを目の当たりにしていた。

3.”IS(イズ)”パーティー
シドニーでは、お酒もカジノも18歳からOK。
それでも、いわゆる「成人」というのは、21歳のようである。
そして、21歳を祝う為に、友人を集めてパーティーなどをする事が多い。
そんなときは、『21』を形どった風船を持った若者たちが街を闊歩するのをよく見かける。
ただ、以前はその光景の意味がよくわからず、『21』の形をした風船が、裏から見ると『IS』に見えたので、ワタシは『なんだ?あの”IS(イズ)”って??』と言って、奥さんと娘に笑われた。
それ以来、我が家では(もっぱら私が)、21歳を祝うパーティーを”IS(イズ)パーティー”と呼ぶようになった。

そんなこんなで、娘はシドニーで21歳を迎え、友人を集めてイズパーティーを開くことになった。
そこで肝なのが、この種のバースデーパーティーは本人自らがプロデュースし、費用も本人自らが払って、友人をもてなすというスタイルが一般的なこと。
なので、基本的には、娘自らが、目ぼしいバーなどと料理や飲み物や料金を交渉して、友人を招待するのだ。
娘は、更に「プリンス&プリンセス」のコスプレテーマも加えて、結果、特に大学で共に切磋琢磨しているアジア諸国からの留学生仲間が多く集まり、大盛況でパーティーを終えたようである。

こうして、コアラな娘はシドニーでも「成人」を迎え、日々成長を続けている。

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# by lateblooming | 2019-04-06 12:21 | 2度目のシドニー生活 | Comments(0)

欧米人は、会話をする際にユーモアやジョークをとても大切にする。
これは自分自身の体験からも、日本人よりも重要視していると感じることが多い。
そして、これは日本人にとっては、なかなかハードルが高い。

ミーティング中の会話やテレビのトークショーで、そこにいる外国人は皆笑っているのに、自分だけ何が面白いのか分からず、愛想笑いでごまかした経験を持つのは私だけではないはずだ。

その理由を、これまでは「英語力が不十分である」ということだけで処理してしまいがちだったが、実は、『英語の文化的背景知識』の有無という観点も非常に大事であることを英語のレッスンの中で学んだ。

『英語の文化的背景知識』がどういうことかを説明するのに、とっても適した下記の短い会話を日本語で読んでもらいたい。
あなたは笑えますか?!

ある洋服屋の顧客のひとりが、その店のオーナーに尋ねた。
『なぜ、あなたは商標にリンゴ(an apple)を使ったのですか?』
その男は答えた。
『もし、リンゴがなかったら、衣料品の商売はいったいどこにあるというんだい?』


このジョークのツボが分かりましたか~?
分かるヒトは、素晴らしい!すでにグローバルパーソンの素質ありですね。
白状しましょう。ワタシは分かりませんでした。。

リンゴ、つまりアップル(Apple)がポイントなのは分かります。
それで、アップルと聞いてとっさに頭に浮かんだのは、アイフォンのアップル、そしてニューヨークの”ビッグ・アップル”くらい。。もちろん全く関係ありません。

正解は、旧聖書に出てくるアダムとイヴの「禁断の果実」としてのリンゴ/アップルなのです。
そして重要なのは、アダムとイヴは、そのリンゴを一口食べた瞬間に『裸を恥ずかしいと感じるようになった』という部分なのです!
だから、「裸が恥ずかしいから服が必要になった』⇒『リンゴがなかったら服は必要にならず、当然、洋服屋もなかった。』⇒『だから、リンゴが大事なんだよ!!』という、論理構成なのです。

これは、知的で面白い!と、私は純粋に思ってしまいました。

つまり、こういう日本人には身近ではないが、欧米人は誰でも当たり前に知っているような『文化的背景知識』をベースにしてジョークを繰り出してくるから我々は苦戦するのです。
逆に知っていれば、英語力が不十分でも、笑える助けになるということなのです。

ということで、上記の会話の英語版は下記になるので、ついでに英語でも読んでクスッとしちゃいましょう。

"Why do you have an apple as your trade mark?" asked a client of the tailor.
"Well, if it hadn't been for an apple, where would the clothing business be today?" replied the man.


英語を学びながら『文化的背景知識』を増やして、英語のジョークをもっと楽しもう!



# by lateblooming | 2019-03-24 13:20 | シドニーで新たな学び | Comments(0)

誰しも、社内政治や複雑な人間関係に巻き込まれて、仕事以外の部分で神経をすり減らし、精神的にグッタリという経験があるだろう。
特に、常にヒトの揚げ足を取ったり、あれこれ策を弄するような人と接するのは、ホントに疲れる。
そんな時に、ただ真っすぐな気持ちで生活することが、一番の解決策であるということを気づかせてくれるのが、この本、クリストファー・ウィルソン(Christopher Wilson)の「The Zoo」である。

話の概要は以下のような感じ。
物語はフィクションであるが、舞台は、スターリンによる独裁政治が行われていたかつての社会主義共産国・ソビエト連邦。
そこで、主人公の12歳の少年ユーリィ(YURI)は父親と二人で暮らしていたが、ある日を境に、父親から引き離され、その国の統治者が食事をする際の「毒見役(food-taster)」として仕えることになる。
日々、独裁者の横暴な態度や政権内部の権力闘争を目の当たりにし、時には、ひどい暴力も受け身体的に傷つきながらも、ユーリィは、常に純粋な心を持ち続けたまま、自分の置かれた環境でただ真っすぐに前を向いて生活をする。父親との再会を夢見ながら。。


ちなみに、自分自身、基本的には、何か目標があるときは「戦略的に考えて」物事を進めるのが好きな方だ。
ただし、会社で仕事をしていく中では、策を練ることに長けた”策士”のような人と接する機会もあり、そういう時は敢えて違うやり方を心がける。
なぜなら、そういう人は、相手の弱みを突いたり、言葉尻を捕らえて、攻撃的な態度で接してくることが多いので、こちらが中途半端に策を弄しようとすると、待ってましたとばかりに噛みついてくるから。
私の場合、そんな時に取る戦略は、

『戦略を考えない戦略』だ。

どういうことかと言うと、策士のような人は、大抵、まずは相手の戦略を考え、その戦略の裏を突くことを考える。
だから、簡単に言えば、”戦略が無ければ突ける裏もない”ということになる。

つまり大事なのは、自分のやるべきこと(仕事)にただ実直に取り組み、少しづつ進めていくことではないだろうかと。
その際に注意すべき点は、

出来ないことは出来ないと言う。
自分を実際以上に大きく見せようとしない。
何を言われようが気持ちを乱さずに自分が出来ることに集中する。


そういったことを大事にしていくことで「道は開ける」かもしれないなと、読み終えて感じた一冊だった。

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# by lateblooming | 2019-03-10 18:08 | シドニーで新たな学び | Comments(0)

ビジネスがグローバル化する時代、多くの日本企業が海外に自社の拠点を持ったり、最近では、地元の企業を買収して事業を拡大しようとしている。
感覚の話になってしまうが、おそらく90%以上の日本企業はなかなか思うように海外でビジネスを拡大出来ていないのではないだろうか。少なくとも、ほぼ全ての日本企業が、現地で”悪戦苦闘”の日々であることは間違いない。
要するに、海外で「日本とは違う文化の中」で、「現地の外国人のスタッフ」をマネジメントしてビジネスを行うことはそれくらい難しいことなのである。

それでは、企業として、そういった難しい海外でのビジネスを成功させるには何が必要だろうか?!

もちろん、1つの成功の方程式があるわけではないが、日本企業の海外拠点でトータル10年以上(シンガポール3年、シドニー7年半)働いた経験とある読み物から、自分なりには”1つの答え”を持つようになった。
それは、

現地の拠点に、『文化的仲介者(カルチュラル・ブローカー/Caltural Broker)』を最低1人置く。
そして、会社としてその重要性をよく理解することが大事である。

ということである。

ある読み物とは、スジン・ジャン(Sujin Jang)氏の「チームの多様性を創造性につなげるには、メンバー間の「仲介役」が不可欠である」と題した記事であるが、その中でジャン氏は、「文化的な仲介(cultural brokerage)」を「複数の文化的背景から多数の当事者間の交流を円滑にする行為」と定義している。
簡単に言えば、例えば2国間に拠点があoる企業がグローバルビジネスを成功させるためには、それら違う文化の両方を理解して、仕事をスムーズに回すことに尽力する人物を置くことが大事であるということである。

この記事を読んで、『ああ、オレのここ(シドニー)での仕事はこれなんだ。』と妙に腹落ちした。

私の場合、シドニーの拠点に日本人は自分ひとり。
日々、「日本の開発チーム」と現地人のトップを含む「現地人スタッフチーム」との間で正確かつスムーズな意思疎通を促すことに奔走する毎日。
問題が発生することなくビジネスが順調であることは”当たり前”で、現地で問題が発生すれば、それはそこにいる日本人(私)の責任が問われる。

ただ、これは私のケースが特別なわけではなく、これが、海外にいるほぼ全ての日本人駐在員に求められている役割と言っても過言ではないだろう。
そして、その成否が現地でのビジネスの成否に大きく影響する。と私は考える。

だから、もし、誰かが何のレスペクトもなしに『お前は、ここで何をやってるんだ?(What are you doing here?)』みたいなことを言ってきたら、次のように答えよう。

『私は、文化的仲介者です!(I'm a Cultural Broker!)』と。

堂々と胸を張って。


# by lateblooming | 2019-03-02 22:40 | シドニーで新たな学び | Comments(0)

洋書読むようになって3冊目にして、最高にスリリングで楽しめる推理小説に出会った。

オーストラリア人の女性作家Jane Harperのデビュー作「The Dry」。

ストーリーは、オーストラリア・メルボルンから少し離れた田舎町、そこは100年に一度の干ばつで連日強い日差しが照り付ける。そんな田舎町で、子供一人を含む一家3人が死亡するという事件が発生。死亡した男性ルーク(Luke)の幼なじみで、少年時代に起きた「ある事件」を境に追われるようにその町を出た連邦警察の調査官・フォーク(Falk)が葬儀参列の為にその町に戻ると、その事件の調査に関わることになる。すると、次第にその田舎町に秘められた事実が浮き彫りになってくる。。というもの。

読んでいると、干ばつでカラカラに乾いた大地が目に浮かんできて、一章ごとに緊張感が増し、肌がヒリヒリするような感覚がするストーリー展開である。

正直、洋書を読み始めて3冊目の本で、当然分からない英単語も頻繁に出てきて、それを(英語の先生のアドバイスに従い)辞書を調べることなく読み進めていったので、完全に意味が取れているわけではない。
それなのに、とてもハラハラしながらどんどん先が読みたくなるくらい楽しめた。

英語の先生に、素朴な質問をぶつけてみた。

『意味の分からない英単語が沢山あるのに、どうして楽しく読めるのでしょうか?』

先生は次のように即答。

『それは、本当に面白い本は、プロットが引っ張っていくからよ。』

確かに、そうかもしれない。
ひとつひとつの意味が分からないのに、なぜか「The Dry」は一章ごとにハラハラした。
いつもは一章ごと読んでいくのに、最後の方は数章止まれずに2~3時間ぶっ通しで読み続けた。
それだけプロット(小説の筋・ストーリー展開)が面白かったということだろう。

だからこそ、洋書なら何でもいいわけではなく、英語の文法が正しく書かれていて、プロットが面白い洋書を読むことが大事なのだという。そういう良書に出会う機会を与えてくれる先生には、ホントに感謝である。

最後に、この「The Dry」を読み終えたときに頭に浮かんだことは、日本語の面白い本を読み終えたときによく浮かぶことと同じだった。

『この話、映画化して欲しい!!』


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# by lateblooming | 2019-02-17 09:43 | シドニーで新たな学び | Comments(0)

私は、どちらかと言えば「ポジティブ」な方だと思う。
いや、正直に言えば、『ポジティブ最強!』くらいに思っている。
娘は、そんな私のことを、”ハッピー・ゴー・ラッキー(Happy-Go-Lucky)”と呼ぶ。「のんきな・能天気な」という意味だけあって、英語でもなんとも気の抜けた響きで、まったくもって心外である。

当たり前であるが、私だって、年がら年中ポジティブな気分でいるわけではないし、いっこうにポジティブな気持ちにならない時がある。
特に毎週英語のレッスン前にやらなければいけない宿題が山盛りで、レッスン日の土曜日が近づいてもなかなかポジティブに取り組む気持ちが起こらず、金曜日を迎えてしまうのが大体いつものパターンだ。

そんな時に、ふと目にした記事が、私の考え方を見事に変えた。
それは、ハイディ・グラント・ハルバーソン(Heidi Grant Halvorson)の「予防焦点」を持って、先延ばしにしていることに取り組むという考え方だった。
簡単に説明すると、それは「すでに手に入れたものを失わないようにすること(=予防)」を考えて行動すること。
言い換えれば、予防焦点を持って行動するとは、「何かをやらなかった時に起こる悲惨な結末」を避けるために行動するということ。
そういった、どちらかといえば、”後ろ向き”とも言えるような考え方が効果的だというものだった。

私には、それは、”ネガティブだっていいんだよ!”というメッセージに聞こえた。

つまり、こうだ。厳しい英語の先生のレッスン前に、宿題をちゃんとやっていかなかった時に起こる悲惨な結末とは、「レッスンをクビになる(辞めさせられる)」ことだ。
これは何としても避けたいことであり、その悲惨な結末を避けるために、毎週金曜日はほぼ徹夜をして宿題をやってからレッスンに通い続けた。
実際、そういったことを2年弱の間続けることができたということからも効果はあったと言えるだろう。

同じように考えると、英語や何かの勉強を、次のようなネガティブな結果を避けるためにはじめるというのでも、全然構わないんだということにもなる。例えば、、

〇入ったばかりの会社で英語の試験TOEICで600点取らないと、同期のみんなから置いてきぼりになってしまう。これは避けたい。
〇社内で海外に関わる仕事が増えてきているから、英語が話せないと仕事が回ってこなくなりそう。最悪は窓際族になってしまうかも。これはなんとか避けたい。
〇転職したくなったときに、履歴書にTOEICの点数が書けないといい仕事も見つからないだろう。このままでは先が不安だ。
〇今度入ってきた部下は仕事はできないが英語は喋れるから、英語ができないとナメられるかも。上司としての威厳は失いたくない。
〇『英語はしっかり頑張らなきゃダメ。』と諭している子供から、『そういうお母さん(お父さん)こそ、英語全然ダメじゃん!』と言われたら反論できないかも。口だけの親と思われたくない。
などなど。

こういった、ややネガティブな考えからでも、勉強を始めるきっかけになるのであれば、何もしないよりは何倍も、いや100倍もいいと思う。

そのようなわけで、最後に一言。

ネガティブは、恥ではなくて、役に立つ。

略して、”ネガ恥”!(パクリ気味)



# by lateblooming | 2019-02-16 00:25 | シドニーで新たな学び | Comments(0)

昨年末から数ヶ月間、人生における変化の局面で、奮闘が続いていた。
その局面は、大海で嵐による荒波の中、着岸すべき陸地を探し求めて航海しているような状況だった。
そして、ようやく辿り着いた場所、そこは、エキゾチック・ジャパン!

そう、2度目のシドニー生活を終えて、再び日本へ帰還!!

気温30~35度の真夏のシドニーから、早朝気温1度前後の冬の東京へ。
気温30度差で、初めて「寒さが目に染みる」という感覚を経験。


そのようなわけで、日本で、新たなステージでのチャレンジを開始します!

ただ、ブログでは、もうしばらくシドニーでの話が続きます。

# by lateblooming | 2019-02-09 23:02 | 日本で新たなチャレンジ | Comments(0)

英語での「スモールトーク(Small Talk: 雑談・世間話)」、これがまた一筋縄ではいかない。
「職場での仕事英語」よりも「会食での雑談英語」の方が、むしろ精神的なハードルは高いとさえ感じる。
実際に、海外で開催される大きな展示会後に、顧客を招いたパーティーなどに参加した際には、仕事の時とはまた違った疲れで、終わった後はぐったりということはよくある。

仕事英語と比較したスモールトークの手ごわさを自分なりに考えてみると、それは、

「スポーツの試合」と「ゲリラ戦」のような違いと言える。

仕事での英語は、整備されたフィールドで、ある程度決まったルールや型の中で行われるスポーツの試合のような感じ。
そこで使う英語は、定型的な言い回しや回数を重ねることで、徐々に慣れてくる。

一方で、雑談の英語は、道なき森林の中、どこから出現するか分からない敵に常に緊張感を強いられているような感じ。
そこで使う英語は、ほぼルール無用。どんな話題になるかも全く予想不能。話し方もよりカジュアルで仕事以上にナチュラルスピード。更には、パーティー会場やレストランでは、周りの音楽や雑音で、聞き取りにくさは倍増どころか数倍にも跳ね上がる。
精神的に疲れるのも、もっともな気がする。

この手ごわいスモールトークに対して、これまでは、『出来るだけ自分の得意な話題に持ち込む』という方法で乗り切ってきたが、自分の英語力をもっと高める為にも、少し自分の考え方を方を変えてみようと思った。

『もっとスモールトークを楽しんでみよう!』と。

その為に、以下のようなことを心がけるようにした。

1.敢えて仕事の話をしない
これまでは、職場でローカルスタッフと顔を合わせた時には、極力無駄話を避け、仕事の話ばかりしていたが、敢えて、仕事の話はしないで雑談をすることにした。

2.話すことよりも聞くことを心がける
一方的に話すことをやめ、出来るだけこちらから質問して話を振り、話を聞くことの方に注力するようにした。

3.聞きたいトピックスは事前にイメージしておく
出来るだけ聞き手に回るとはいえ、あまりに”丸腰”ではキツイので、事前にある程度、相手の興味に合い、それでいて自分も興味があるトピックスを考えておくようにした。
『あなたの好きな母国料理は何ですか?』『最近上映された映画○○○は観た?』『お子さんは何の仕事をしてるの?』などなど。

こういった心がけでスモールトークを続けてみると、これが思っていた以上に楽しめることが分かった。特に、自分の知らない話が聞けることで、世界が広がる気がする事が私が好きなところだ。

更に、あまり期待していなかったが、同じローカルスタッフとスモールトークを何回か続けると、距離感が縮まって、話しにくい仕事の話も以前よりスムーズにできるようになるではないか!思わぬ”副産物”。

そう考えると、スモールトークをすることで、①英語の上達につながり、②知らないことを知り世界が広がり、ついでに③仕事もスムーズに進む。

これは、もー止められません。

これからも、出来るだけスモールトークを楽しんでいこう!!



# by lateblooming | 2019-02-02 19:01 | シドニーで新たな学び | Comments(0)

人生で初めて洋書を一冊読み終えた後に、英語の先生から薦められた本は、イギリスの推理作家ルース・レンデル(Ruth Rendell)の「短編集」であった。
短編集のタイトルは、「A Spot of Folly」。

正直言うと、一冊目の推理小説「Holding」(Graham Norton著)を予想以上に楽しく読めたことでちょっと気が大きくなり、『短編だから当然ストーリーが短いわけだし、今回の方が読むのがラクなんじゃない?』と調子に乗って読みはじめた。
しかし、読みはじめてすぐに、自分の思い上がりが全く間違っていたことを痛感することになった。

『短編を甘く見てはいけない。。』

そう感じた主な理由は、主に以下の2つ。

まず、短編は内容がつかめないまま終わってしまうことがある。
一冊200~300ページでひとつのストリーが展開される場合は、最初の方で状況がうまく掴めなくても、読み進めていくことにより情報が徐々に追加されるので、ストーリーの内容は把握しやすい。
一方で、この本のように、1冊に短編が約10本入っているような場合、短編1本当たり20~50ページくらい。そうなると、なんと、状況が掴める前にストーリーが終わってしまうことがあるのだ!簡単に言えば、「起承転結」の”結”だけしか分からない感じ。これは痛い。

そして、やはり「本物の作家」は使う語彙が難しくて豊富ということ。
一冊目は、有名インタビューアー(であるグラハム・ノートン)が初めて書いた作品だったこともあり、比較的平易な文章であった為、内容も掴みやすかったが、今回は、本格的なイギリスの女性作家であり、分からない英単語も多く文章も難しかった。

そのようなワケで、正直に言って、短編約10本中の3本くらいは、最後まで状況が分からないまま終わってしまった(涙)

ただ、それでも!”アガサクリスティの後継者”と呼ばれたりもするらしいイギリスの「ミステリーの女王」である彼女のストーリーは、さすがに重厚で面白い。
もっと、英語力がついたら、ぜひまた彼女の作品にチャレンジしてみたいと思った。

最後に、そんなルース・レンデルの世界観が伝わるのではと思う、私が一番衝撃を受けた、今回の短編集の一番最初に収められていた”超短編”を、下記に原文の英語をそのまま紹介する。
たった3センテンス(文)で、その情景が目に浮かび、そして”ゾクッ”とくるから凄い。
しつこいようだが、これは「抜粋」ではなく、これで一つの「完結した短編」である。
では、どうぞ。

(「A Spot of Folly」(by Ruth Rendell)より)
Never Sleep in a Bed Facing a Mirror
"Alone in the four-poster, she glanced up from her book and saw in the mirror a little old woman sitting beside her. She shut her eyes, looked again, saw an empty bed, neatly made with fresh linen. The hotel staff summoned by her screams, found no one, not even herself."

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# by lateblooming | 2019-01-24 22:21 | シドニーで新たな学び | Comments(0)

誰しもが「伸び悩み」という状態に直面したことが少なからずあると思う。そうなると、なかなかモチベーションが上がらない。
そんなときは、意外と自分の「弱点」に向き合うことで、成長が実感できて、また前に進む気持ちになれる。

私が思うところ、伸び悩みというのは、比較的好きなことをある程度続けていている時に感じるものなので、簡単に表現すると上達してたどり着いた10のレベルをそこから11に変えようという状態。これは結構タイヘンだ。
それに対して、ここでいう弱点とは、’特に苦手なもの’、’上達する気がしないこと’、’やらなければと思いながら長年手つかずでいたこと’などのこと。
すなわち現状は、”ほぼゼロ”なので、ちょっとでも何かをすれば0は1になるので、成長が実感しやすいという考え方だ。

私にとって、「英語の発音」は弱点のひとつだ。

英語の発音については、おそらく多くの日本人は同じだと思うが、それまで発音記号について的確に学び、正しい発音を身につける勉強を全然してこなかった。
そして、仕事で英語を使うようになってからは、現場で”習うより慣れろ”式でなんとかこれまでやってきたが、基礎が出来ていないので、これ以上の上達は困難とひしひしと感じるようになっていた。

このように長年「問題意識」は持っていたので、今回シドニーで英語のプライベートレッスンをお願いするときに、一番最初に『ぜひ、発音も教えて下さい。』と先生にハッキリ伝えていた。

しかし、英語のレッスンに毎週通って1年経ったにもかかわらず、先生は、一向に先生が発音を教えてくれないのだ。
何度か訊いてみても、先生からは『もう少し後で』の返答だけだった。
そして、1年と少し経った頃に、ようやく発音(発音記号)を基礎から教えてもらえるとになった。
そこではじめて、先生から、発音の勉強を開始していなかった理由について、衝撃の一言。

『あなたの発音が思ったよりヒドかったから(正しい発音をしようとして英語が全く口から出てこなくなってしまうのを心配していた)』とのことだった。

まさに、”どんなけ~”(IKKOさん風)という感じだ。
まあ、そんだけ~のレベルだということなのだろう。

それでもついに、英語の発音について(母音には長母音、短母音、二重母音があること。子音には、破裂音、鼻音、側音、まさつ音、破擦音などがあることを)一つ一つ丁寧に教えてもらう機会を得て、ついに発音の基本を全部学ぶことができた!

その結果、これまでだったら知らない英単語を辞書で調べるときには、日本語の意味だけ見て、発音記号など見ずに”ローマ字風になんとなく読んでいたのが、今では、発音記号にも目がいくようになり、見たことのない英単語も、『あー、こういう発音なんだ。』と分かるようになった。

今までできなかったことが少しだけできるようになる。成長が実感できる瞬間だ。

もちろん、発音記号を学んだだけで、急に発音が良くなるわけではなく、むしろ私の場合は、これまでの長い年月で、”間違った音”で覚えてしまった多くの英単語を、少しづつ「正しい音に上書き」していかなければならない。
決して楽な道のりではないが、一歩ずつ進んでいこう。



# by lateblooming | 2019-01-13 16:37 | シドニーで新たな学び | Comments(0)

人生において、生活環境や仕事が大きく変わり、それによって、それまでの自分の考え方や進む方向も大きく変わったりする、「ターニングポイント」がある。

そういったターニングポイントは、誰にでもあって、人生の中で周期的にあるという。
実際に、自分自身のこれまでを振り返ってみたら、私の場合は約8年周期で、そういった大きな変化が起こっていたと気づく。

そして、私にとってここ1,2ヶ月間は、おそらくそのターニングポイントの「入り口」に当たる時期だった。
実際には、今現在もまだ、そのターニングポイントは迎えていないこともあり、目下、大奮闘中!
出来るだけ、いつもの生活の生活パターンを維持したいとは思ってはいたものの、やはり、そういった時に集中すべき重要事項が幾つかあるため、現在はそれらのことに最大限注力しているところ。

そのような状況が続いているため、書きたい話は沢山あるこのブログの更新が止まってしまっている次第であります。
この先、「いい方向に進むターニングポイント」に出来た暁には、またココでも紹介できるかもしれません。


最後に、今日は大晦日!
ということで、今年2018年に、自分が一番「成長した」と思うこと、それは、

「洋書の読書」が習慣になりつつあること。

私にとって、この、「(英語で書かれた)洋書を読むという時間」が自分の生活の中に入ってきたということは、これからの人生がとても豊かなものになりそうだと本当にワクワクしているところ。
(すでに出会ったステキな本の紹介も、ここでしていきたいと思っています。)

それでは、皆さん、良い新年をお迎え下さい。
ではまた、2019年に!



# by lateblooming | 2018-12-31 16:57 | シドニーで新たな学び | Comments(0)

世の中、”何も足さない”でうまいこといくのは、きっと「何も足さない 何も引かない」のウィスキー山崎くらいだ。
やっぱり、大抵のことは何かを足していかないとダメだろう。
英語だって、上達したいと思ったら、英語の知識や経験を足していく(=覚えていく/身に付けていく)のが大事なのは言うまでもない。

私の場合、英語の勉強については、これにつけ加えて”何も引かない”という意識も持つようにしようと考えるようになった。

ここで言う”何も引かない”とは、英語の勉強において、『何かを諦める』とか『何か捨てる』ということをしないという意味。
そして、これまで諦めたり、捨ててしまうのは大体決まって「苦手だと思っていること」か「やる気が起きないこと」または「どうやっていいか分からないこと」だ。

かくいう私も、英語を身に付けようとする過程で、ずっと特に以下の点については、やや諦め気味で捨ててきてしまっていた部分だ。その理由(言い訳)と併せて。

1.発音
これは、ワタシの場合、中学校で英語の授業がはじまった当初に、苦し紛れに教科書の英文の上に全部カタカナをふって読んでいたところから出発しているので、かなり問題の根が深い。
その後も、まともに「発音記号」の読み方を教わったことがないのを理由に、『発音なんて悪くたっていいんだよ。伝われば!』と、ほぼ発音の改善を投げてしまった。
シンガポールの生活では、発音が悪くても、なんだかんだ通じてしまったことが、さらに傷を深めた。
そして、「ちゃんと発音しないと伝わらない。」という、考えてみれば当たり前のことをようやく身を持って知ることになったのはシドニーに来てからだった。
(皆さんは、学校で発音って教わりました?!ちゃんと発音を教わった人って、相当少ないと思うんだよな~)

2.リスニング
リスニングは、英語の試験のパート(グラマー、リーディング、リスニング)の中でも一番ニガテ意識の強いパート。
これも「発音」と一緒で、英語の”音の勉強”をしっかりやってこなかったので、上達しないのは当然と言えば当然だ。
ニガテ意識持ってしまうというのは問題で、そういう意識があると、改善しようとする意欲も薄れてしまう。
『とりあえず、他の部分でカバーしよう!』と、”とりあえず”がずーっと長いこと続いてしまった。

3.スモールトーク(雑談)
スモールトーク、これがまた難題だ。
これは、そもそもハードルが高い。人と会話するわけだから、発音、リスニング、スピーキング、それに文法力、更に背景知識の全てが投入される。
こうなると、英語のスモールトークは、いわば”英語の総合格闘技”と言っても過言ではない。
だから、そういう場面になると、つい自分の得意な分野に無理矢理持ち込んでしまう方法で場をしのいできたが、これこそ場数を踏まないと上達しないのは明らかだ。


誰だって、苦手なコトはあるし、それを克服するのは大変だ。
特に英語の場合、巷には、”英語は〇○だけで、大丈夫!!”というような、コトバやアドバイスに溢れている。

「聴くだけで大丈夫」「読むだけで大丈夫」「このフレーズだけで大丈夫」「勇気があれば大丈夫」などなど。
どれも、とっても魅惑的だ。
実際に、ある特定の目的や用途に絞って達成するには”○○だけ”でも、効果はあると思うので完全に否定するつもりはない。
なにしろ、ワタシだって、そういうモノにひかれて使った経験があるから。

それでも、自分としては、英語をもっと色々な場面でもっとうまく使えるようになりたいので、これらとは反対の方向性で、「全方位で出来るだけバランスよく」を大切にして英語の勉強に取り組んでいこうと思っている。
つまり、私が目指していく英語の身につけ方は、

”何も引かない、ただ足していくだけ。”

と言える。

こういう意識の持ち方で、今後どうなっていくか、結果や取り組み状況などを、このブログでお知らせできたらと思う。



# by lateblooming | 2018-11-25 13:30 | シドニーで新たな学び | Comments(0)

リスニング力が不足している私に、先生から観ることを薦められたのが、トークショー番組の「グラハム・ノートン・ショー(The Graham Norton Show)」だった。

そう、この方は、私が人生で初めて最後まで読みきった洋書「Holding」の著者であり、先生からは、”世界で最も優れたインタビューアー”の一人だと聞かされていた人物だ。

トークショーの司会として素晴らしい方々はもちろん沢山いる。
個人的にすぐに頭に浮かぶのは、「The Ellen Show」のエレン・デジェネレス、日本では、「サワコの朝」の阿川佐和子さん、そしてなんと言っても「徹子の部屋」の黒柳徹子さんだ。

実際、「グラハム・ノートン・ショー」をテレビで観てみて、まず、トークショーとして何が決定的に違うかというと、このトークショーでは、ゲストが毎回3人とか4人同時に出てくるのだ(上記の方々のトークショーは基本的に司会とゲストの1対1)。そしてスゴイのが、そのゲストの豪華さ!毎回、世界の映画俳優をはじめ、その他の分野でも成功している著名人ばかりが登場してくるのだ。『このヒトこういうところに出てきて話すんだ!?』と驚くことしばしば。
そして、こういった世界的なスターたち(当然キャラも強い)3~4人の話を巧くさばく手腕こそが、”世界トップのインタビューアー”と言わしめる理由であると理解出来る。
ホントにスゴイ人たちばかり出演するので、何故なのだろうか?と疑問に思って先生に訊いてみたら、先生曰く、

『このトークショーに出られることがステイタス。だから、むしろ、みんな出たがる。』

とのこと。妙に納得してしまった。
いずれにしても、そういったトークショーなのである。

興味のある方は、ちょうど私が観た幾つかの回が短くまとめられているダイジェスト版(YouTubeより)を下記に添付したので、ぜひ観てみて下さい。

でも、ちょっとその前に。
正直に白状します。
私は、何回かこのトークショーを観ているけれど、その度に、

『話してること、ぜっんぜん分かんねー!!』

と叫びながら観ています。結構、苦痛です(涙)
なかなか会場の人たちと一緒に笑えません。
(もし、全部一緒のタイミングで笑える方がいたら、本当にスバラシイ。)

で、そんなワタシが、このトークショーをどうやって楽しんでいるかというと。

楽しみポイント・その1
ゲストとして出てくる著名人は、その時期に注目すべき人たちなので、世界的に話題になっている(流行っている)映画やトピックスが何かを知ることができる。

楽しみポイント・その2
トークだけでなく、毎回必ず「歌」のパフォーマンスゲストも別にいて、またこのアーティストもスゴイので、エンターテインメントシーンの「今」が押さえられる。このパートが一番好き。

という楽しみ方をしている。

”英語と関係ないじゃん!”と、マジメな方から突っ込みが入りそうだけど、私はそれでもいいと思っている。

「楽しみながら英語に触れる機会を増やす」というのが、一番大事だと思っているから。

とは言え、英語のリスニング力向上の為に、先生から観る上でのアドバイスももらっているので、少しはテーマを持ってもいる。
以下は参考まで。

1.字幕は出さない
テレビでは英語の字幕が下に出せる機能があり、それを読んでいた方がまだ理解ができるので、強い誘惑かられるが、必死で我慢して出さないで観るようにしている。これは、”字幕を目で追うと、リスニング力は鍛えられない。”とのアドバイスから。

2.同じインタビュー番組を観る
何度も観ていると、少なくとも、毎回同じ人物、つまり司会者のグラハム・ノートンが話す英語には不思議と慣れてくるので、彼のコメントは結構聞き取れるようになってくる。まずはそこを突破口にしようと思っている。
だから、「エレンショー」の方が好きな人は、それでも全く同じアプローチができるということ。

3.色々なタイプの英語が聞ける
ゲストで出てくる人たちは、ほんとに様々で、話し方も、そして発音だって色々。
そうなると聞き取りはかなり大変だけど、だからこそ、そういった色々なタイプの英語に触れる機会にもなる。その中から、”自分が勉強した単語やフレーズを拾いなさい”と言われている。

そして、これらに加えて、いまに、このトークショーのゲスト席に座っても大丈夫なくらいの「英語力」と、そのようなゲストの人たちとコミュニケーションが取れるくらいの「人間力」を持てるようになりたいと、憧れを抱きながら観ている。


<グラハム・ノートン・ショー(ダイジェスト):8分42秒 YouTubeより>

※ちなみに、このトークショーの通常版は、番組オリジナルサイトやYouTubeでも視聴できるので、日本にいても楽しめます。



# by lateblooming | 2018-11-11 12:00 | シドニーで新たな学び | Comments(0)

洋書の読書はマラソンに似ている。
途中で苦しくて歩いたり立ち止まったりしたとしても、ゴールを目指してただ前へ進むのみだ。

経験者やコーチのアドバイスも助けになる。
洋書を読むにあたって、英語の先生から得たアドバイスは、

”意味が分からないところがあっても、そのまま読み進めていきなさい”

というものだった。今はまだ「読む習慣」をつける方が大事だから、意味の分からない単語などがあっても、辞書で調べたりしないで読んでいけばいいということだ。
これは、私にとっては、非常にシンプルで自分に合ったアドバイスだった。
分からない単語を調べながら読んでいたら、一生読み終わらないような気がしていたので、『辞書を使いながら読まなくていいんだ!』と、ひとつ気が楽になった。
一方で、意味が分からないまま読み進めていくというのは、一体どんな感じなのだろうかという不安もあったが、私はこの「前進あるのみ」という読み方にかけてみることに決めた。

チャレンジした洋書は、先生曰く”世界最も優れたインタビューアー”の一人だというイギリスで活躍するグラハム・ノートン(Graham Norton)氏が初めて書いたというミステリー「Holding」。
本業が作家ではない人が書いたということもあり、比較的読みやすいでしょうということだった。

ちなみに、本のストーリーは、アイルランドの田舎町である日人骨が発見されたことをきっかけに、静かな田舎町の暗い過去が少しづつ明らかになっていくというもの。
主要登場人物として、決して切れ者タイプではないオーバーウェイト気味のコリンズ巡査部長、美人三姉妹のひとりエブリン、魅力的だが少しアルコール依存気味の小さな2人の子供の母親ブリッドを軸に、その発見された骨はかつてその2人の女性が共に愛し現在はその街を去り消息不明となっているトミーという男性のものではないかという疑いが絡み話が展開していく。

推理小説好きにはワクワクするストーリー展開ではあるが、なにせ総ページ数約320ページの洋書を読むのは、やはり結構大変だ。
何が一番大変かというと、何より「洋書読書の習慣がない」ということ。つまり、自分の生活のどの部分に洋書を読むという時間を当て込むかというのがなかなか難しい。

寝る前に読もうと夜ベッドに入って読み始めると、ほんの数ページ読んだだけで眠くなり終了。洋書は”睡眠導入剤”としては完ぺきな働きをすることを知る。
そして眠い頭で読むから内容もあまり頭に入らず、毎回同じところから読み始めて同じところで寝てしまうというドリフみたいなことを何日もやっていると、さすがに自分でも『だめだこりゃ』となる。
そして、やはり読んでいて英語の意味が分からないところは沢山出てくる。そうなると、やっぱり読む気が失せてくる。そして、何日も本に手が伸びない日が続いたりすることもしょっちょうだった。

それでも、今回は、この洋書を読み終えることをどうしても諦めたくなかった。

だから、とにかく、たとえ時間がかかったとしても、読む間が空いたとしても、とにかく少しづつ読み進めていった。
心のテーマソングは、全国高校サッカーの歌「ふり向くな君は美しい」(by ザ・バーズ)だ。
”うつ向くなよ~♪ ふり向くなよ~♬”と。

救いになるのは、特に良質な推理小説の場合、終盤になってくると話の展開が加速していくこと。
そうすると、マラソンの「ランナーズハイ」ならぬ、読書の”リーダーズハイ”(造語)がやってきた。
そして最後は、一度に40~50ページを一気に読み進めて、ついに、ついにゴール!!人生初の洋書を1冊読み切ることができた。

正直に言ってしまうと、読み始めてから読み終わるまでに約3ヶ月もかかった。
それでも、その「達成感」は非常に大きなものだった。そして、それは以前にどこかで感じたことのあるような気持ちだった。
そう、それは何年か前にフルマラソン(42.195km)を初めてヘロヘロになりながらも走り切ったときの達成感と似ていた。
あの時もシドニーだった。

場所は同じシドニーだけど、フルマラソンの時は、日本から来てくれた友人2人と一緒に走り、オペラハウスの前でゴール。
今回の洋書読書は、独りで読み進め、家の中で”ゴール”。
と全く異なるが、それでも、洋書を読み切った「達成感」と「感動」は、フルマラソンに勝るとも劣らないものであった。

初めて洋書を1冊読み終えてしばらく時間が経つと、やはり、その達成感も感動も薄れていった。
それでも、その次に湧いてきた洋書の読書に対する感情は、やっぱりマラソンと同じだった。

”また走ってみたい(読んでみたい)”と。


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# by lateblooming | 2018-10-28 13:09 | シドニーで新たな学び | Comments(0)

シドニーで英語のレッスンを受け始めてからしばらくして、先生から、『そろそろ本を読むようにしないとダメね』と言われた。
本とは英語で書かれた洋書のことだ。

実は、この洋書を読むことについては、自分の中でちょっとした”トラウマ”になっていた苦い経験があった。
”ハリポタ挫折事件”だ。
約15年も前になるが、シンガポールに住んでいた頃、その思っていた以上にストレスフリーなアジアの英語環境に気をよくして、『洋書を読んでみよう』という気になり、シンガポールの紀伊国屋書店で「ハリーポッター」の洋書を購入した。
ちょうど、ハリポタの初期のブームの頃だったろうか、世界中の子供たちも楽しんでいる話だから、最初にチャレンジする洋書としては”手頃”ではないかと。
これが大きな間違いだった。読み始めてみて、思いの外読むのに難しいことに気づいた。とにかく、全然ページが先に進まなかった。そして、3分の1も読まないところで、手に負えずに読むのを諦めてしまった。
これは自分の中では、結構ショックだった。
そして、その後ずっと、洋書の本を読むことはなかった。

恐る恐る、その事を先生に話した。するとすぐに予想外のコトバが返ってきた。

『それはダメよ。選んだ本がよくない。』

もちろん、ハリポタ自体の良し悪しを言っているのではない。つまり、英語の力が十分にない初心者にとって、ファンタジー系の本は適さないということだった。ただでさえ、英語から情景を想像するのに手こずるのに、ファンタジーだと余計に想像が難しいからだということだ。”それに呪文とかも出てくるんでしょ?”と。確かに沢山出てくる!
最初はもっと読んでいて情景が思い描きやすい内容のものを選んだ方がいいというのがアドバイスの主旨であると理解した。

子供が読める洋書を読めなかった自分の英語力に呆れられるかと思っていたが、先生から当たり前のように”それは難しいにきまっている”と言われたことで、長年心の重しになっていたものが一気に取れて、気分が軽くなった。
そして、先生に言った。

『洋書、読んでみたいです。』

すると、次に、これまでどんな本を読んできたのかと訊かれた。
そう訊かれて、改めて、自分が読んできた本について振り返って考えてみた。
そして、それはまあ偏っていることに気づいた。
近年は、もっぱら「ビジネス書」のコーナーに並ぶような本ばかりを購入したり図書館で借りて読んでいた。
そして、それ以前はほぼ「推理小説」系ばかりだった。

ワタシの推理小説の遍歴はだいたい次のような感じ。

小学生時代:江戸川乱歩の児童向け「少年探偵団」「怪人二十面相」シリーズ。そう、明智小五郎探偵だ。地元三島市の図書館にあるものはほとんど借り切ったくらい好きだった。
高校生時代:横溝正史の金田一耕助シリーズ。児童向けから、ちょっと”おどろおどろしい”雰囲気が刺激的だった。
大学生時代:アガサ・クリスティの名探偵ポワロシリーズ。外国の推理小説も面白いと知りワクワクした。
社会人時代:東野圭吾の加賀恭一郎刑事シリーズ。このシリーズは久々にハマって、読めるだけ読んだ。

こんな、ビジネス書と推理小説ばかり読んできた私に、

『まずは、これを読んでみなさい。』

と、先生から差し出された本は、

「Holding」というタイトルのMystery Story(推理小説)系の洋書だった。

こうして、約15年の時を経て、再び「洋書の読書」にチャレンジすることになった。


# by lateblooming | 2018-10-21 11:56 | シドニーで新たな学び | Comments(0)

男は35億、英単語は10万

地球上の男の数は35億人らしい。(データソース:ブルゾンちえみさん)
それでは、唐突だけれど英語の単語数はどれくらいだろうか?!
正直、正確な数字は知らない。(言い出しておいてスイマセン)
それでも、少なくとも、自分が頼りにしている「英語の辞書」に掲載されている語彙数は、ある意味、自分のまわりに存在する英単語数のMAXレベルと言えるだろう。
そんなワケで、早速、私の手元にある英語辞書(新英和中辞典:研究社発行)によると、その語彙数(掲載数)は、

約10万語!

ここで比べてみよう。
男  :3,500,000,000
英単語:   100,000

こう見ると、なんだか無限にあるように思えた英語は、”たったの10万語”に思えてくるではないか!?
男(または女性)35億人全員と会うのはとても叶いそうにないが、英単語10万語くらいは全部に”出会う”ことが出来るのではないかと思えてくる。
実際、ワタシの場合は結構単純なので、この数字を見たときには、ポジティブな思い込みで『なんか、これならイケるかも』とかいう気になってしまった。

とはいえ、多くのクールな方々は、『10万語って、十分多いよ。』と思っていることはよく分かっています。
そんな人たちの為に、もう一段階用意しました!

英和辞書には「重要語」というものが各英単語の前に明確に表示されている。私が持つ辞書の場合、その数は、

最重要基本語:約2,000語(星2つ/**)
それに続く基本語:約5,000語(星1つ/*)
その次に続くもの:約8,000語(プラスマーク1つ/+)

これらを全部合わせても15,000語!!

これでもう一度見てみよう。もってけ泥棒!!

男    :3,500,000,000
重要英単語:    15,000

たったの1万5千。
その中で一番重要なのは”ほんの”2千だけ。
これは、さすがにちょっとヤル気になりません?!(もうこれ以上は鼻血も出ません)

ということで、言いたかったことは3つ。

1.英語は無限ではない(当たり前だが改めて)
2.英和辞書には、重要語の印が付いている(単語を調べるのがちょっと楽しみになる)
3.時にはポジティブな思い込みで自分をモチベートしてみる(私の場合はただの”能天気”にならないように注意)

ヒトも英語も新しい出会いを大切に!


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# by lateblooming | 2018-10-20 22:12 | シドニーで新たな学び | Comments(0)

英語のレッスンでは英語の文法を基本から少しづつ学ぶ。
その最初に登場したのは「英語の基本文型」。
そう、SとかVとかOとかCが出てくるやつだ。確かに、学校の英語でも最初の方に出てきたことは覚えている。

英語の文法というと、ワタシのイメージ的には、まず文型からはじまって、その後、不定詞、動名詞が出てきて、関係代名詞が出てくるとアタマに暗雲が広がり、現在完了で日本人には馴染みのない感覚に苦戦し、仮定法で、仮定法現在・過去・過去完了がごっちゃになって、文法に苦手意識を持ってしまうパターンだ。

ただ、今回あらためて英語の文型を学ぶことになって、自分の考えを改めなくてはならなかったのは、

「文型」の重要性は別格なんだ!

ということ。
自分の中では、覚える必要のある英文法の中の”一部分”というような感覚であったが、これは根本的な間違い。

ここで、ホントに触りだけだが「英語の基本文型」とは以下の5種類。

<基本文型>
S:主語、V:動詞、C:補語、O:目的語、IO:間接目的語、DO:直接目的語、OC:目的格補語

第1文型:S+V (例:I live in Sydney.「私は住んでます(S+V)」だけで意味が完全になる。場所がシドニーでも東京でも。)

第2文型:S+V+C (例:You look pretty in that pink dress. 「君はかわいいね(S+V+C)」で意味は完全になる。ピンクのドレスだからたまたまかわいく見えるのかどうかはとりあえず気にしない。)

第3文型:S+V+O (例:I study English every day. 「私は英語を勉強します(S+V+O)」で意味は完全。”毎日”は言いすぎたけどここでは影響しない。)

第4文型:S+V+IO+DO (例:She gave me a box of chocolates on Valentine's Day. 「彼女が私にチョコレート1箱くれました(S+V+IO+DO)」で意味は完全なる。バレンタインデーにくれたからといって本命かどうかは分からないので、恋の行方は完全ではないが、ここでは考えない。)

第5文型:S+V+O+OC (例:They named that Panda Xiang Xiang.「彼らはそのパンダをシャンシャンと名づけた(S+V+O+OC)」パンダに名づけたというところまででは意味が完全にならないので、名前まで入れて文型的にはようやく”シャンシャン”となる。)

そして、ここで一番重要なことは、英語の基本文型はこれらの5つ。
つまり、どんな英文でも、これら5種類のどれかに属するということ!どんなに、長く複雑でも!!

『そりゃそうだろ。何を今さら。』と言われてしまいそうだが、私自身は、こんな大事なことを意識しないで長い間英語に接してきていたと気づかされた。

だから、文型は、英語を理解する上での一番「基礎」となる部分であり、イメージ的には、家を建てる時の「基礎」に相当すると言えると思う。
つまり、文型という「基礎」があって、その上にその他の文法(不定詞・動名詞・関係代名詞・仮定法等々)が、柱や壁だったり、部屋だったりのように積み上げていくような感じなのだ。

そう考えると、自分自身の”英語の家”がグラついているのも納得がいく。
そう。肝心な”英語の家の基礎”がしっかり出来ていない上に、あれこれ色々なものを積み上げていってしまっていたからなのだろう。
それを、いま一度、全てを壊して、立て直していくつもりではある。(途中でくじけなければ)

実際、英語のレッスンで英文の意味がきちんと取れていないときに、先生からは、

『まだ文型がしっかりとれてない!!』

としょっちゅう厳しく指摘されている状態だ。


これから人生の中で大きな台風や地震が来ても耐えられるような”英語の家(=英語の力)”を持てるよう、文型をしっかり理解できるよう勉強していきたいと思う。



# by lateblooming | 2018-10-14 11:51 | シドニーで新たな学び | Comments(0)